ガンダムSES 第1話 『白い反逆者』 (1)
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雪が降っていた。
北国の小さな田舎町は全てが白に包まれて、幻想的な情景を醸し出している。
上空には雪雲が覆いかぶさり、そこから振ってくる白い結晶はいつまでも、いつまでも降り続いている。
人影が疎らなこの町に、雪が深く降り積もることはそれほど難しいことでもなければ、珍しいことでもない。
雪は既に足首を完全に埋めるぐらいには降り積もっていた。
この雪が降り始めてからそれほど長い時間は経ってはいないはずだが、その積雪量はこの町の風土をそのまま表しているようだと、この田舎町にある小さな駅のベンチに腰掛けている青年は思った。
青年は、人を待っている。
先ほどの電車―――といっても2時間前の便だが―――に乗ってこの町にやってきたこの青年には、無論目的があってこの地を訪れている。
ちなみに彼の頭や肩には薄く雪が降り積もっている姿は長い時間を待たされていることを物語っている。
実際、彼はそれ相応の厚着をしているが長い時間待たされたせいで既に足の指先の感覚はなくなり、ポケットに入れているはずの指先の感覚までもが麻痺しつつあることを自覚する。
ただでさえ極端な温度差がある季節、つまり夏や冬という季節が苦手な彼にとってはこんなところに放置されていることは拷問も同じであり、彼自身一刻も早く暖かい室内へ移動して暖を取りたい気分だったが、自分は土地勘が無い上に待ち合わせの場所を離れるとますます自分を目的地へ案内してくれる予定になっている人物と会えそうに無いと思った彼は仕方なく、ずーっと拷問のような状況に自ら挑んでいた。
我ながら殊勲賞ものだ、と思う。誰か本当に褒めて欲しかった。
……現実逃避していても仕方ない。
「しかし遅いな。何やってるんだ、あいつは」
青年は呟く。
「……あいつは俺を凍死させるつもりなのか」
もしかしたら、ここに来るように“命ぜられた”のは、何かの罠だったのかもしれない。
こんな北の町に呼び出して、そのまま迎えをよこすことなくずーっと待たせて、俺が凍死するのを待つ……。
「……………」
かちんこちんの氷漬けになった自分を想像して、寒気が走る。
いや、それが想像から来たものか、この寒さからによる自然なものかは分らないけれど。
「やっぱり、こっちから探すべきなのか」
思ったことをそのまま口にして、立ち上がろうかどうか考えてみる。
いや、このまま俺がこの町をさまよったとして、俺の目的地までちゃんと案内してくれる人がいるのだろうか?
……いないだろうな。
じゃあ、せめて連絡先……も分るはずも無い。
どっか移動して暖を取ることも先ほど言ったように考えたが、その間に案内人が来て、入れ違いになるような事態も有り得る。
もとより、ここから移動しても、土地勘の無い自分では遭難して凍死するのがオチのように思われた。
「待つしかないのか……」
再びベンチに腰を沈める。
どっちにしろ、ここで待つ以外は何もできなさそうだった。
しかし、ここでずーっと待っていても凍死する運命は変わらないのではなかろうか。
それなら、座して待つよりはナントカで、行動を起こした方が……とそこまで考えたところで、やめた。
2時間も待ったんだ、これから何時か待とうが同じようなもんだよな、と締めくくって再び思考を停止する。
……ちなみに、ここまでの順序を彼が辿ったのは4回目である。
ふぅ、と溜息をつく。
体が冷え切ってしまったせいでついた頃は白くなっていて吐き出す息も、温度と気温が同化してしまったのかもう何も変化は起こらない。
そんなことに青年は気にも留めなかったが、とりあえず冷え切った体をどうにかしようとベンチの隣に設置してある自動販売機で4本目の缶コーヒーを買おうと立ち上がろうとしたとき、自動販売機の前に人影があるのに気付いた。
もうボタンも押し終わった後らしく、がたん、という音と共に商品が転がり落ちてくる。
自動販売機の前に立っていた人影はしゃがみこんでその商品を取り出すと、再び立ち上がってこちらに歩いてくる。
そして、青年の目の前で足を止めた。
「雪、積もってるよ」
これは青年の声ではない。
一瞬前まで少しだけ吹雪いたせいで人影の全貌は分らなかったが、その私服姿は確かに女性のものであることを示していた。
「……そりゃ、2時間も待ってるからな」
「え、今何時?」
彼女は青年に訊き返す。
「3時」
「わ、まだ2時ぐらいだと思ってたよ」
「それでも、1時間の遅刻だ」
遅刻に悪気を感じていないのか、おっとりとした口調を変えずに彼女を、青年は知っている。
紛れもなく、彼の案内人となる人物だったからだ。
「ねえ、寒くない?」
「寒い」
「そうだよね。これ、あげる。遅れたお詫びと、再会のお祝い」
そう言いながら、彼女は先ほど買ったらしい缶コーヒーを青年に差し出した。
ちなみに税込120円。
その差し出されたコーヒーを受け取り、青年は視線を上げる。
案内人となる少女と目が合った。
「2時間も遅れたお詫びと、3年ぶりの再会のお祝いがまとめて缶コーヒー一本? えらく安いぞ」
多少の愚痴は許されると思って、青年は言ってやる。
でも、彼女の表情に表れたのは懐かしそうな、そんなものだった。
「もう、そんなに経ったんだ。……3年ぶりだね」
彼女は呟きながら、青年の頭に積もっていた雪をはらってやった。
「ねえ、わたしの名前、まだ覚えてる?」
彼女の大きな瞳が、青年の顔を映す。
「お前こそ、俺の名前覚えてるか?」
青年は聞き返してやる。
彼女は青年の頭に積もった雪を払っていたその手を元に戻し、少し間を空けてから口を開いた。
「
「花子」
「違うよー」
遅刻された報復とばかりに、少し意地悪く言ってやる。
彼女は悲しそうに首を振りながら否定した。
「次郎」
「わたし、女の子……」
自分を指差して、今度は寂びそうに言った。
その反応を見て、さらに悪戯心が芽生えたのか、祐一は立ち上がる。
「やべ……マジで凍っちまう。早く行こうぜ」
「わたしの名前……」
さっさと歩き出した祐一に、食い下がる彼女。
祐一はあえてその視線を無視して歩く。
「名前……」
恨めしそうな視線を祐一に送りながら、彼女は悲しそうに言う。
祐一は少し歩いた後、立ち止まった。
「ほら、行くぞ―――」
そこで、彼女の方に振り返る。
「―――
彼女―――名雪の顔にぱっと花が咲いたような笑顔が浮かぶ。
嬉しそう微笑んで、祐一に追いつくべく、名雪は小走り気味に歩き出した。
とある部屋
目が覚めたら、そこは見知らぬ部屋でした。
……いや、実際そういう状況になると結構焦る。実際、今の祐一はそんな感じだった。
むくりとベッドの上に起き上がり、眠気で朦朧とする頭を徐々に覚醒させていきながら、昨日の記憶を引っ張り出す。
……十数秒後、彼はこの部屋がどこであって、何故自分はここにいるのかを思い出した。
自分は、今日からいわゆる“ゲリラ”の一員となったのだ
そこまで思い出したところで、扉の向こう側から足音が聞こえてくる。
それはどんどんこちらに近づいてきているのが、建物がえらく静かなせいかよく分った。
そしてその足音が自分の部屋の扉の前まで到達すると、間髪要れずにノックの音。
まだ寝ぼけ頭の祐一は一瞬何が起こったのか理解できなかったが、すぐにはっと我に返って「はい」と扉に向かって叫んだ。
扉はそれほど厚くない上にベッドからもそう遠くないのでそれほどの大声は必要なかったが、まだ慣れていない成果必要以上の大声が出てしまう。
叫んだ後にそう一瞬そう後悔した祐一だったが、頭の中での思考を遮るように、扉が開いてそこから顔が覗く。
祐一の従姉妹であり、昨日、この地に足を踏み入れた祐一をこの場所まで案内する事になっていた―――そして2時間の遅刻をした―――
「おはよう、祐一」
名雪は笑顔で言った。
「朝から元気だな」
まだ昨日の長旅と、長時間の極寒拷問の疲れが癒えきっていない祐一は、おっとりとした口調の名雪に少しげんなりとした調子で言った。
しかし名雪の表情はたちまち幼い子供に注意する母親のような顔に変わって、人差し指をぴっと立てた。
「だめだよ、祐一。朝はちゃんと、“おはようございます”、だよ」
挨拶の注意をされる。
……お前は俺の母親かっての。
馬鹿正直に挨拶を返してみる。
「おはようございます」
「うん、おはようございます」
……普通に流されてしまった。
朝から気持ちがブルーになる。
一方の名雪は完全に部屋に入って、扉をぱたん、と閉める。
「祐一、よく眠れた?」
「まぁ、寝れなかったことはないが……。それほど、深くは」
祐一はベッドから降りて、バッグを漁って歯磨き用具を探し始めた。
ちなみに、私物は少しではあるもののこの部屋にダンボールに入れておいてある。
昨日はここに着てから色々と忙しかったので結局そちらを片付ける暇はなかったので、運び込まれてそのままだ。
「わたしもここに来たばっかり頃はそうだったから、すぐ慣れると思うよ」
「そうだといいんだけどな……」
枕や布団が変わると眠れなくなるような体質の持ち主ではないが、慣れるまでの時間がかかるのは嫌だなあと祐一は思う。
「それより、どうしたんだ? こんな朝早くから」
祐一は部屋に設置してある時計をみやりながら言った。
時計の針は6時55分より少しだけ後ろを指している。もう少しで7時だ。
「あ、そうだ。今日はあいさつ回りに行くんでしょ?」
「ああ、昨日は結局ついたのが夜遅くだったからな」
そうなのである。
祐一自身、驚いたのだがあの小さな駅での極寒地獄からようやく開放されたと思ったら、今度は8時間という時間を掛けてこの場所まで来る羽目になったのだ。
あの駅まで来るのにもバスやら電車やら沢山乗り継いで、時間も相当掛けて来たというのにさらにまた車に押し込められて、ある場所からは車では入れないという理由で2時間も雪道を歩かされたりするとは、さすがに思っていなかった。
ついたのは夜も相当更けてからのことで、名雪曰く、夜になる前に雪がやんでいなかったら遭難してたかもね、と真顔で言われると祐一の背筋には氷点下80度ぐらいの冷機が巡った。
そこからの祐一の記憶は定かではない。
多分、現在の服装が寝間着になっているあたりは、ちゃんと着替える理性はあの状況で残っていたのだと思う。
シャワーを浴びたかどうかはかなり微妙だが、多分この部屋に案内されてから30分も経たないうちにベッドに倒れこんだはずだ。
少量ながら着替えを入れておいたバッグから開いたままになっていて、中に入っている服の袖が飛び出しているあたりからも想像できる。
下着は一番下に埋めるように入れておいたお陰で、中に入ってきた名雪には見られずにすんだことに、祐一が安堵したのはまた別の話ではあるが。
「で、どうしたんだ? 学校の転校じゃあるまいし、1人でできるぞ」
「何言ってるんだよ。祐一、隊長がいる場所はもちろん、ここがどういうつくりになってるのか全然わからないでしょ」
「う……。それは、まあ、何とかなるだろ」
「無理だと思うなあ……。前に一緒にいた頃も、相当な方向音痴だったよね、確か」
痛い記憶を突かれ、言い返すこともできない祐一。
「強がってないで、一緒にいこうよ」
名雪は笑顔で言ってくれるが、祐一としてはこの申し出を受けるのはかなり恥ずかしかった。
もう大人になって(法律的に)もう数年経つというのに、未だに方向音痴が治らない上に、ここでは古い付き合いとはいえ女の子に案内してもらうなんてかなり恥ずかしいことじゃないのか……?
祐一は数分間唸って悩みぬいたが、結局背には代えられないと思ったのか、渋々名雪の申し出を了承した。
約10分後。
とりあえず、着替えや歯磨きなどの身支度を整えた祐一は、扉を開けて外で待っていてくれていた名雪と合流する。
名雪はどの人から会う? と訊いたので祐一は即座に「ここで一番偉い人」と答えた。
「じゃあ、わたしについてきてね。ここ結構複雑だから、わたしから離れたらダメだよ」
「ガキか、俺は」
そう言ったものの、祐一には名雪の言うとおりにするしか暫くは無理そうだった。
昨日散々歩かされたことで、祐一はまた偉く歩かされるはめになるのかと内心オドオドしながら名雪について歩いていたが、この建物自体はそれほど大きなものではないらしく、エレベーターなどもちゃんと整備されていた。
名雪曰く、“一番偉い人”は普通の人たちと特に変わりない部屋で、特に変わりない生活をしていて、この建物の3階に部屋を持っているという。
3階は居住区で、ここに所属している大体の人たちが3階に住んでいるのだと名雪は言った。
エレベーター独特の浮遊感を一瞬だけ感じた後、すぐにエレベーターが止まった。
祐一が階表示を見てみると2階だった。この階でエレベーターを呼んだ人物がいるらしい。
扉が開くと、扉の開いた向こうには青年が1人立っていた。どうやらエレベーターを待っていたのだろう。
その少年の髪は殆ど茶色で、それなりに整った顔立ちによく合っていた。
背は祐一と同じか少し高いといったぐらいだった。
その茶髪の青年は隣にいる名雪と知り合いらしく、名雪の姿を認めると、右手を上げた。
「よっ、水瀬。珍しく今日は1人で起きたらしいな。食堂はその話題で持ち切りになってるぜ」
北川はそう言いながらエレベーターの中に入り、自分の目的地である階のボタンを押した。
名雪は口を尖らせる。
「うー、そんなに珍しがらなくてもいいのに……。朝は弱いけど、一人で起きるぐらい、できるよ」
「どうかな。水瀬が1人で起きれたことなんて、俺が覚えている限り数えるぐらいしかないと思うが」
ぽかーんと2人の会話を聞いているしかできなかった祐一が、その茶髪の青年は馴染みのないか顔だと気付く。
その茶髪の青年の表情に気付いた名雪が紹介する。
「紹介するよ、
名雪がそう紹介したので、祐一も口を開く。
「相沢祐一だ。ここにパイロットとして入る事になった……。よろしく頼む」
北川と呼ばれた青年が納得したげな顔になる。
「ああ、そういえば新しいパイロットが来るって言ってたな、そうかそうか……」
1人で納得している北川というらしい青年が、怪訝そうな顔をしている祐一の視線に気付く。
「悪い。俺は北川
「そうか、じゃあ色々と一緒になるな。改めてよろしく」
「ああ、よろしく」
2人が握手を交わしたところで、エレベーターが止まり、扉が開く。
階表示を見ると“3”の部分が光っていた。
「じゃあ、俺達は3階だから」
「ああ、同じパイロットなら、またすぐに会う事になるだろうな」
「またね、北川君」
名雪がエレベーターから出て、北川に手を振る。
北川は照れくさそうに、控えめに手を振り返す。
名雪はエレベーターの扉が閉まるまで手を振り続け、閉まると祐一に向き直った。
「北川君はウチでもトップレベルの実力者なんだよ。わたしも何度か組んだことがあるんだけど、すごい心強かったから」
「そうか……。すごい軽そうな性格してるのにな。人は見かけによらないもんだ。名雪みたいに」
「それ、どういう意味?」
「さあな。えーっと、居住区はこっちだな」
問い詰めようとした名雪を無視して、祐一は“居住区”と書かれている天井から吊り下げられた看板を見ながら歩き出した。
- [2008/12/08 02:04]
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