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ガンダムSES 第1話 『白い反逆者』 (3) 

「ここが格納庫……。地下とは思えないな」
 名雪を伴って地下2階に位置する兵器格納庫に、エレベーターに乗って訪れた祐一は、扉が開いた先にある光景に目を見張り、思わず感嘆の声を出した。

 そこにあったのはここが地下とは思えないほどの広さと、兵器を格納するに十分すぎる高さを併せ持つ巨大な空間だった。
 整備員らしい作業ツナギを着た人が忙しそうに走り回り、色々な作業をしていた。
 が、それほど人数はこの広さと格納してある兵器の割には少なく―――といっても40人くらいは居るが―――、多くは作業用のロボットがせわしなく動き回っているのが印象的だった。
 見る限り、作業はもっぱらロボットに任せ、人間はその管理に忙しく動いているような印象を祐一は受けた。
「ここに、本部が保有する”機動兵器“の全てがあるんだよ」
 大きく目を見開いて、巨大な空間に見とれていた祐一に、名雪が言った。
 名雪の話をかいつまんで言うと、こうだ。
 この地下巨大格納庫には、先ほど名雪が言ったとおり、WR“本部”が保有する兵器の殆どが集結している。
 23世紀の主力兵器となった"人型機動兵器モビルスーツ”、戦闘機の発展兵器型である“機動装甲兵器モビルアーマーなどの大型兵器も当然のごとくここに格納されている。
 その他、襲撃を受けた際に出撃する陸上戦闘車両や対空戦闘車両などもここだ。
 出撃は、格納庫から地上に直結する2基の大型エレベーターによって行われるが、この入り口によってこの本拠地がばれないようにその偽装は巧妙になされていると言い、偽装によって隠されているときには本部の人間ですらほぼ識別が不可能なほどに巧妙なものらしい。
 それは上から見ようが、地上から見ようが同じことだ。実際、ここを始めて訪れた時の祐一はそんなエレベーターの存在に気付かなかった(エレベーターの扉が雪で覆われていたこともあるが)だけに、そのエレベーターを名雪に示されたときには驚いた。
 そのエレベーターは10m×10mはあろうかと言うほど、巨大なものだったからだ。
 これもまた、大きな勢力を持つとはいえレジスタンスの組織が保有しているものとは思えず、香里の言っていたとおり共和国の支援があるとは言ってもここまでの基地を作れるものなのかと祐一は思った。
「ここだけでも建設するのには6年もかかったんだよ。帝国に見つからないように作るのは大変でね。ロボットとかの調達にもかなり苦労したらしいよ」
 祐一と名雪の右手の方向から、まだ幼いような男の声が説明した。
 振り向くと、整備員らしい作業つなぎを着て作業制御盤らしい機械を片手に持った青年が歩いてきていた。
 祐一はその姿を見たとき、思わず“迷った”。
 迷ったと言うのは、一見して彼の性別が酷く判断しづらかったからだ。
 色素の薄い髪は男であるらしい長さだったが、その顔立ちは端正に整いすぎて“女顔”―――というより、女に見えすぎたからだ。
 先ほどの声を思い出す―――確かに低かったが、あれくらいの声の低さの女性もいるかもしれない。どこかほのぼのとした声で、印象としては名雪の口調に少し似ているかもしれない。
 色素の薄い髪を直視する―――短いが、自分よりは明らかにやわらかそうな、さらさらした髪だった。格納庫内では常に行われている作業のために吹く僅かな風が、その女顔の整備員の髪をやわらかく揺らし続けていた。
 整備員の胸を見てみる―――全くなかった。でも、俺ぐらいの年になっても胸のふくらみなんて無いも同然な奴ぐらい、祐一は何人も見てきているから、これだけで男と判断することはできない。
「さて、この人はどちらでしょうか」
「え、何が?」
 首を傾げて、女顔の整備員は言った。いつのまにか声に出てしまったらしい。
「いや、何でもない。それより、あんたはここの整備員だろ?」
「うん、そうだよ。僕はひいらぎ勝平かっぺい。見ての通り整備員だよ」
(かっぺい……)
 祐一は本人から名前を聞いてようやく柊という青年が男であることを頭の中で確信した。
 さすがに今の世の中で、女の子に『勝平』なんて名前をつける親はいないだろう。
「祐一、柊さんは整備隊のチーフさんなんだよ。機体の調子を判断するのとか、整備の手際とかも一番なんだよ」
 勝平の言葉を引き継ぐように言った名雪の説明に、照れて頬を少し染めて髪をかく勝平の姿を見ながら、へぇ……と祐一は感慨深く返した。彼の容姿からは到底想像もできない特性だと、祐一は勝平に失礼だと分りながらも思った。
 帝暦も23世紀を迎えて、機械の“補助”を受けながら人間自身がしなければならかったことの多くは、この現代では機械にほぼ人間の仕事は委託されているこの世の中で、音や色によって機械の調子を見るというような技術は殆ど廃れている。機械に任せた方が断然正確な上に楽だからだ。
 そんな中で、名雪の言葉を信じるとしたらこういう勝平の能力はすごいものだと思う。
「君は相沢祐一クンだよね。昨日到着したって言う」
「俺を知ってるのか?」
 別に自分の名を知られている事に祐一は対して、今更大して驚いてはいなかったが、一応祐一は訊いた。
「整備隊のチーフだからね。君の機体を用意するように美坂司令官から言付かっているんだ。それも僕に直接」
「お前に直接?」
「うん、期待されてるねー、相沢クンは。こっちだよ」
 笑顔でそう言って、勝平は背を向けて歩き出した。
 名雪も少し虚を突かれて突っ立っていた祐一を追い抜くように歩き出し、一度振り返ってにっこりと笑うと勝平の後についていった。
 それを見た祐一ははぁ、と溜息をひとつついて少し遅れて祐一も歩き出した。



 ここでモビルスーツという兵器種について述べておこう。
 機動兵器の歴史は帝暦2231年の大型宇宙作業ロボットの開発に遡る。
 宇宙開発が進み、宇宙建造物が刻々と大型化する中で当時従来までの工事機械では何かと不便が多く、加えて無重力化での作業は重力かに比べて遥かに何度も増し、工事ミスなどが発覚することは少なくなかった。
 そこで注目されたのが超大型の工事ロボットの開発である。
 当時、混乱状態の極みにあったアジリア帝国に代わる世界の超大国、ランファリア連邦は帝暦2238年、現代におけるMSの原型となる大型作業機械のプロトタイプGT-1の完成を発表する。
 この2年後に実用化を開始したこのGT-1改め“エウサッド”の名前を与えられたこの作業ロボットは、コックピットとなる小さな空間にパイロットが乗り込み、そこでこのロボットを操作して作業を行うと言うものであった。
 このエウサッドの開発は宇宙開発の促進に多大な貢献を行い、殆どの作業をこのエウサッドが行うことでコストの削減にも成功するが、エウサッドの生産自体には多大なるコストがかかるために量産化にまではいたらなかったため、次世代機の開発はここが焦点となって進められることとなる。
 ところがこの宇宙開発でのエウサッドの使用を兵器の目的に転換された事件が起こる。
 帝暦2249年、ランファリア連邦の北東に位置する隣国グレメス共和国と、ランファリア大陸を隔てた海峡の向こう側に位置する島国チヅラとの間で大西洋に位置する島の領有権を巡る武力紛争(エール紛争)が発生する。
 この紛争においてグレメス共和国がランファリア連邦のエウサッド第1世代機(既に第2世代機が開発、第1世代機は旧式化していた)を購入、これに小口径野砲や機関銃を搭載したエウサッド9機を島奪還のための上陸作戦において使用する。
 これが後に“MS”と呼ばれる兵器の最初の実戦参加である。
 だがこの時の投入では故障も多く、投入9機のうち5機が撃破され、3機が故障して使用不可能状態に、無事だったのはわずかに1機という散々たる結果であった。
 しかしながら武装エウサッドは海岸線のチヅラ軍の海岸陣地の少なくない数を撃破するなどの戦果を上げる。
 これに注目したのが世界に点在する大国の軍部であった。
 無論、エウサッド開発国であるランファリア連邦大統領も兵器転用の研究を兵器研究機関に指示、世界各国においてエウサッド兵器転用の研究が開始されることtなった。
 この2250年代にはビーム砲の開発や宇宙空間における軍事に関する理論なども活発に開発された時期であり、いかに世界各国が宇宙における自国の権益をつくり、護ろうとしているかが理解できる。この時期に到着した太陽系惑星探索艦隊による大量の資源発見のニュースがこの軍拡時代と重なっているのも偶然ではない。
 そして国内が内乱状態にあったアジリア大陸の三大勢力もまた、早期安定化の切り札としてのエウサッド兵器転用に注目し始める。
 しかし、開発当初の戦闘型エウサッドには課題も多かった。
 第1に、当時のエウサッド1機の建造には当時の最新鋭戦闘機4機分の予算がかかることもあり、量産型兵器としての実用性には疑問を呈する専門家も多く、また開発チームを量産化に向けてこれをどう改善するかが焦点であった。
 第2に、エウサッドという大型ロボットに適する武装である。当初はそれまでの航空機と同じくミサイル、グレメス共和国の採用した小口径野砲などの搭載が計画されていた。しかし、当時の戦闘型エウサッド開発の戦闘を走っていたランファリア連邦の開発チームはエウサッドの副武装的な位置づけとなり、主武装としては採用しない方向を確定させる。
 この理由は多々あるが、一番の理由は2202年に発生したアジリア大震災の頃より世界中で発生し始めた、原因不明のジャミング電磁波である。この原因不明の電磁波は世界各国のレーダーに時と場所を選ばず干渉し、時として全くの使用不可能状態にまでするという強力なものだった。
 これによって一部を除いて、ミサイルは強いジャミング電磁波の干渉下では使い物にならなくなり、ミサイルの実用性を著しく低下させたことがミサイルの主武装化を見送らせた大きな要因である。
 この他にもかなりの課題が専門家によって呈されたが、各国は武装エウサッドを次期主力兵器として使用することを変えようとはしなかった。
 そこで注目されたのが2254年に実用化されたビーム兵器である。
 ビーム兵器は通常の拳銃やライフルと同じくレーダーによる誘導を必要としないことや、さらにミサイルと比べて格段に発射から命中までの時間が短いこと、ミサイルよりもかなり大量に威力の大きい攻撃をより多く、長く出来ることなどによって、ビーム兵器は武装エウサッドの主武装として有力視されるようになった。
 そして7年近い年月と膨大な予算を経て、2262年、初の本格的武装エウサッドの量産型1号機がロールアウトする。
 ランファリア連邦が開発したその武装エウサッド、“機動兵器(MOBILE SUIT)”と呼称される兵器種と共にMS-0“エルンスト”となづけられたその兵器は、全く新しい兵器種を世界に知らしめた。
 10年ほど前に実用化されていたビーム砲を応用して開発された“ビームライフル”と、ビームを構成する粒子を利用した“ビームサーベル”を主武装とし、副装備としてミサイルや頭部搭載機関砲などを備える等、それまでの航空機より大幅に武装が強力化された。
 また、戦車砲にも十分耐えうる特殊反応装甲で全身を覆うことで高い防御力を、多数配備されたロケットモーターやスラスターによって十分な機動力も併せ持つ正にオールマイティな兵器に仕上がっていた。
 このランファリア連邦製“エルンスト”の開発以後、次々と世界の列強国はランファリアに続くように独自の機動兵器を開発(各国はそれぞれに機動兵器に独自の兵器種を名付けたが、数年後には最初の開発国であるランファリアが呼称する“モビルスーツ”に統一)を発表する―――それがMS開発までの主な経緯である。



 MSの登場から15年、既に各国は第2世代機を開発、量産化し現在は第3世代機の開発に入っていた。
 予算や国内の混乱から数歩遅れていたアジリア三大勢力のMS開発も、国内の安定化によってようやく列強国たちとも肩を並べることの出来る段階にまで追いつき、三大勢力は軍事的優位を獲得するために日々より強力な第3世代機の開発に取り組んでいる頃、反体制派抵抗組織ホワイト・レジスタンスの本拠地にある地下格納庫を名雪を伴って訪れていた祐一は勝平の案内でこれからの乗機となるMSの前に立っていた。
「相沢クンの乗機、神聖アジリア大帝国第2世代MS、GD-5“カース(Curse)”だよ」
「“カース”って……」
 思わず祐一は顔をしかめる。名雪もえっ、と言った表情だった。
 当然である。“カース”とは、とある言語で“呪い”を表す言葉だからだ。
「名前のセンスないのかよ、帝国は……」
「えー、結構いい名前だと思うけど。呪われた戦士って、何か格好いいと思わない?」
 勝平に言い分にそりゃおまえだけだというツッコミはさておき、祐一は自身の背丈よりも何倍もある自分の乗機を改めて見上げた。
 第2世代MS、GD-5“カース”。機体中に作業ロボットが這うように引っ付いていてなんらかの作業をされているらしい機体は、祐一がそれまで見てきたMSよりも、何の武装もまだとりつけていないことを抜きにしても少し細めで、これで十分に戦えるのかと少し不安になる。
 しかし、その不安を消し去って祐一を見とれさせたのは、照明が十分でなく薄暗い中でも十分すぎるほどに分るその前進真っ白な機体だった。その機体は雪のように白く、汚してはならないような神々(ごうごう)しささえ伝わってくるようだった。
「綺麗でしょ、祐一。この辺は雪ばっかりだから、迷彩の意味も含めてこんな風に真っ白にしてあるんだよ」
 見とれていた祐一の後ろから名雪が言った。
 レーダー感度が低く、雪原地帯であるこの地域では、迷彩は割と効果的だ。ただ、熱源探知機を使われたら即バレるが。
「勿論、それだけじゃないんだけどね。まぁ、そういう意味でとってもらって十分かな」
 勝平も言った。意味深な笑みを浮かべていたが、祐一はあえて何も突っ込まずにおくことにした。
「しかし神聖帝国製とはね。ここは帝国への抵抗組織じゃなかったのか?」
「使えるものは使うってことだよ。ボクたちが抵抗してるのは帝国そのものじゃなくって、帝国を牛耳ってる軍事独裁ファシスト政権だしね」
 再び操作盤に目を落とし、タッチペンで画面を叩きながら勝平は言った。
「しかし、こいつはどう見ても新品同様だぞ。どうやって手に入れたんだ」
 祐一は当然の疑問を呈した。
 “カース”は現在も帝国軍が採用してからそれほど年月が経っていない。配備されている数は決して多くはなく、帝国軍の装備するMSの多数派は“カース”よりひとつ前に採用された機体なのだ。
 本来の所有者である帝国軍ですら、この機体を装備しているのは一部に留まっているのだ。
「帝国の中にも、現体制に不満を持っている人間がいるってことさ」
 勝平はそう言って笑い、駆け寄ってきた部下らしい整備員から紙の束を受け取っていた。
「はい、これが詳しい性能書。相沢クンの要請通りの改造で性能が少し変わっちゃったからしっかり確認しといてね」
「あ、ああ……。うげ」
 微笑みながら渡された紙の束の厚さに、相槌を打ちながらも祐一は思わず毒づいてしまう。
「じゃ、ボクは仕事があるから、これで。明日はがんばってね、相沢クン」
「ああ、ありがとうな……って明日?」
「あれ? 明日なんでしょ、キミの“実技試験”」
 それだけ言って、勝平は部下とともに去っていった。
 あとに残された祐一はポカンと立っていることしかできない。
 たっぷり3分はそのまま呆然と立ち尽くしたあと、ゆっくりと名雪の方へ顔を向けたが、名雪はしまったというばつの悪そうな表情で祐一を見ていた。
「ごめん、忘れてた」
 苦笑いを浮かべながら言う名雪に、祐一は盛大な溜息をついた。

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