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No Physics 第1話 まち (1) 

 新正暦(NTE)1999年7月20日。

 赤道より北側に存在する、世界に7つある大陸の中で3番目の広さを誇るアイゼ大陸。その最南端に位置するエルベリア王国は、大陸自体は赤道と交わるには遠いものの、夏にはかなり気温が上昇する地域に存在するこの王国におけるこの時季は、文字通り毎日がサウナ状態だ。

 エルベリア王国に属し、王国の北部に位置する、とある海沿いの小さな町“ベルトレ”でも、その暑さは例外ではなかった。

 町を行く人々―――決して多くはないが―――は全員がこの暑さを少しでも和らげるために薄着、それも数少ない涼しい風を体に通すために通気性の良い、そして日光を出来る限り受けない色を選んで着用して歩いている。

 それでも暑いものは暑く、暑いのが苦手な人はタオルで拭いても、拭いても、汗がにじみ出てくるだろうし、弱い人でも汗をかかない人はそうそういず、どちらでもない人でもそれなりに汗はかくだろう。

 この季節を過ごすのに最も適した服装をしていたとしても、だ。

 そういう意味では、学校の制服というものは夏でもぴっちりとしていて、着るものも指定されているために、必要以上の薄着も出来ず、割と夏には鬱陶しい存在である。



 話が逸れた。

 ともかく、そんなみんながみんな、外を出歩くのならそれぞれが涼しい格好をして歩くのが当然であり、普通であるこの季節。

 そんな中、真っ黒なマントを着込み、男としては長い色素の薄い髪を両目が見えにくくするほど伸ばし、180cmは超えているであろう長身の男が、ひとつの麻袋を肩に掛け、額に汗を幾筋にも流し、歩いていると言うのに、フルマラソンをたった今走り終わったかのように息を荒くしている男を見たら普通はどうするだろうか。

 目つきは怖く、しかも苦しんでいる(らしい)ために、その目つきは一層見るものにとって恐怖させるには十分な怪しい輝きを持っていた。そんな男が、息を荒くしてこの気温35度を超えるクソ暑い中を歩いている姿。

 言うまでもなく、すれ違う人々はもちろんのこと、この姿を見た若い女性や子供連れの親などは、次々とこの目つきの怖い青年と関わりたくないという意思を隠すまでもなく持って、この青年を避けて歩く。または逃げる。

 本人は進行方向を見ているだけなのだが―――、運悪く目を合わせてしまったある若者は、青年が発する無意識な殺気に圧されて「すみませんでしたっ!!」と涙目で叫んでどこかへと逃げ去ってゆく。

 当の逃げられた本人の視界はぼやけていて、当然ながら思考能力も著しく低下しているこの青年は、そんなことに気付きもせず、ただただ、のっそのっそと歩く。

 第3者から見れば怪しいことこの上ないが、面倒ごとに関わりあいたくないという、変人と関わりたくないと言う考えを、町の人々全員が持っていたことが、この小さな町の一番賑わう地域を、この青年が普通(?)に歩けている原因だった。


(どこか……。どこか落ち着けて、涼しい場所はないか……)


 彼の頭の中は、それでいっぱいである。

 道を歩いているうちに、飲料水と食料を飲み果たし、食べ果たし、そして路銀を全て使い果たした彼は、もうかれこれ3日、何も飲まず食わずで歩き続けている。ちなみにここ1週間は毎日が夕立もない、雲も殆どでない快晴だった。そしてそのうち4日ほどが気温35度超え。

 ぶっちゃけ、彼の体力はとうに限界に来ていた。それでも歩き続けている彼の体力と気力には感服すべきかもしれない。

 先ほどの思考を数え切れないほど繰り返しながら歩き続けることさらに十数分後。

 彼は先ほどの賑わう商店街を抜け出し、とある古びた堤防の階段を最後の力を振り絞って、一歩ずつに全身全霊を掛けて1段ずつ上っていた。

 小さな町では、ほんの少し賑やかな場所から離れただけでも、周りは静まり返る。商店が並んでいた先ほどの場所とは打って変わって、この堤防沿いに並んでいる民家や、客足の殆どない小さな商店とかが並ぶこの地域は、この青年が待ち望んだ場所の正にそれだった。

 ぼやけてよく見えない目で堤防を確認し、まだ正常に働く聴力が風の音と、静まり返った周りを感じ取った。

 迷わず青年は堤防の上へと登るべく、階段へと足をかける。

 通常の健康な人間なら10秒もかからないうちに上りきる程度の階段だが、その青年がその階段を上りきるのにかかった時間は5分以上。それでも根性と気力で何とか上りきった彼は、やってやったぜと言わんばかりの晴れ晴れとした表情で、そのまま力なく、倒れた。






No Physics


第1話

「まち」






 人から見れば十分すぎるほどに可愛らしく整った顔立ちを持ち、ポニーテールにその金色の長い髪を白いリボンで纏め、ピンク色の袖なしの服に、白いスカート姿の少女が、無人販売所の鉄製の商品箱を前に、悩んでいた。

 その無人販売所は、その町に住む人間には有名で、そこの冷却符術の掛けられた鉄の箱の中に、氷と水とともに入れられている商品は、主に「どろり濃厚」という名前が前に付き、あとはいくつかの味の種類の名前が後に付くと言う怪しさ満天の代物だ。

 町の数人が興味深いとばかりに試しに飲んでみたところ、その30%が医療所へ担ぎ込まれたと言う恐怖の代物でもある。

 そんなジュースの愛飲者の1人であるこの少女は、今日はどの味を飲もうかとかれこれ3分は悩んでいる。

 ちなみにこの少女の後ろに、他にこのジュースを買いたいと、この少女以外に思って並ぶ物好きに配慮する必要はない。

 さんざん迷った末、少女は硬貨を代金入れの箱の中へ投入し、そのレモンらしい薄い黄色を主にしたデコレートを施してあるパッケージを氷水の中から拾い上げた。

 そして早速パッケージの封を開けて、それを飲み始める。

 ―――無論、とても美味しそうに。

「あれ」

 少女が家に帰るべく、踵を返して歩き出そうとすると、目の前にある堤防の上に異様なものを発見する。

 ここから高い位置にあるためにそれが何であるかはよく分らないが、少し気になった少女は堤防に登って確かめる事にした。

 軽い足取りで堤防に上がるその階段を駆け上がり、残り一段でジャンプ。


「到着っ」


 上りきったところで、見回して先ほど見た異様なものを探す。


「わ」


 思わず声を上げる。その異様なものはすぐ足元にあったからだ。

 すぐさまそれは人であることを少女は認める。そして、この季節、この場所には到底合っていないその格好に驚いた。

 何せこの夏の太陽が発する灼熱の熱線の中に、こんな熱と光を全て吸収してしまいそうな真っ黒なマントで体を包んでいれば、誰だって暑苦しそうだという印象を抱くだろう。

 そして、堤防の上に死んだようにぶっ倒れている長身の男がいたら、誰でも驚くだろう。

 少女は固まったまま、ジュースを手に持ったまま、暫くその男を見つめるが、数秒後に彼女は我に戻った。


「えっと……。起こしたほうが、良いのかな」


 確かにここは浜風が絶えず吹き、街中よりはなかなかマシな場所ではあるが、影を作るような大きな建物なんてないために直射日光が当たって決して涼しいとは言い切れない場所で寝ていたら、しかもこんな暑い日に寝ていたらそれだけで脱水症状を起こすまでに消耗するかもしれない。

 1分に満たない脳内会議の結果、起こすことに決めた彼女は倒れている青年の側にしゃがみ込み、声をかけてみる。


「あの、大丈夫ですか?」

「………」


 彼女がそれなりに大声を出したつもりだったのだが、反応がない。

 まだ声量が足りなかったのだろうか。もう一度、呼びかけてみる。


「だいじょーぶですかー?」

「……………」


 1回目より大きな声で呼びかけてみる。が、やはり反応がない。

 というより、寝返りひとつ起こさない上に、ぴくりとも動かない。

 ひょっとして死んでるんじゃないかと少女は思い、手を取って見たが、その手は暖かく、そして手首に手をやるとちゃんと脈もあった。どうやら生きてはいるらしい。

 しかし、それが分ったところでこの状況が好転するはずもない。

 少女は途方に暮れたようにしゃがみこんだまま、腿を肘の支えにして顎を抱えた。


「どうしよう……。この人、起きないよ」


 とある少女が、堤防の上でばったりと倒れている男のそばにしゃがみ込み、指でつつきながら困った様子で言った。

 ぶっ倒れている青年の方は、そんな少女が目と鼻の先にいることなど知るはずもなく、疲れきった体を強制的に休めることを脳が命令しているかのように目覚めようとしない。

 言うまでもないが、この倒れた青年は放っておいて去る、という選択肢はこの少女には存在していない。


(もしかしたら、お腹が減って動けないとか、かな)


 それもあるが、実際にこの青年が倒れている主な原因は体力の使い果たしである。

 とにかく、そう思った少女だったが、生憎にも携帯の食べ物など持っている筈もなく、何かポケットにお菓子でもないかな、と探ってみるものの見事に何もない。

 そこで、手に持っているジュースに気付く。


(これは、食べ物じゃないけど……。だけど、飲み物だってお腹の中に入るんだから、きっと食べ物のうちに入るよね)


 間違っているような、正解ではないけれど間違ってもいないような結論を導き出した少女は、早速この青年を起こすべく行動を始める。まずは、うつ伏せに倒れているこの青年の状態では何かを食べさせる(飲ませる)ことなどできないので、とりあえず仰向けにすることに。

 この少女の細い腕で―――この少女は触ったときに分ったが―――長身で細身とは言えかなりの筋肉質であるこの青年の体重を動かすのは、なかなか大変な動作だったが、何とかごろん、と転がすように青年を仰向けにすることが出来た。

 そこで、彼女は初めてその青年の素顔を目にする。長い前髪もちょうど転がった拍子に、いい具合に払われている上体になっている。


(かっこいい、かも……)


 瞼を開ければ、そこにあるのは明らかに怖い目つきだが、気絶しているこの青年は当然目を閉じているためそれは分らない。

 しかし、この青年の元々の顔立ちはかなり整っており、女性を惹き付けるには十分なレベルだったりする。さらに長身で、いい具合の筋肉質である体格もそれに拍車をかけているのだろう。

 ほんの少しだけ彼女は彼の素顔に見とれていたものの、すぐに元の目的を思い出す。

 寝てる相手にどうやって“これ”を飲ませようかと彼女は思案したが、それはすぐに終わる。青年は口を少し開いて気絶していたからだ。もちろん、大口というわけではないが、“それ”を飲ませるには十分だ。

 いきなりパックに残っているジュース全てを口の中に入れては、今度こそ止めを刺して死なせるようなことになるような気がした彼女は、口に少し含める程度の量を、青年の口に流し込むことにした。

 青年の顔のそばに座り、その顔を覗き込むような形を体制をとり、ゆっくりとそのパッケージを口に向けて傾けていく。

 ゆっくり、ゆっくり……。そう彼女は心の中でおまじないを掛けるように繰り返す。

 パッケージの中に残っていたジュースは、重力法則に逆らうことなく傾く角度が増していくごとに直方体のパッケージの底辺部分に広がるジュースの底面積を広げていく。

 そして、それが限界に達し、底に広がれる底面積よりはみ出した部分のジュースが、“どろり”と青年の口の中に落ちていった。

 それは数mlに過ぎない量だったが、それでもその液体は確実に青年の口の中に流入し、そしてそのジュースの飲み心地を神経がコンマ数妙もしないうちに伝えた。


「ぶっ!!」

「わぁっ!?」


 喉の奥へと侵入を果たそうとした、その僅かな量のジュースを、勢い良く噴出す。

 その飛沫と青年の声に驚いた少女が、しゃがみ込む体制を崩して尻餅をついた。

 倒れていた青年の意識が覚醒し、一瞬で彼は起き上がる。浜風に吹かれて、彼の長い前髪が揺れた。

 無論、突然の襲撃に等しい、“親切”を受けた彼は激しく咳き込んでいた。その様子を、尻餅の状態から女の子座りに大勢を買えた少女が心配そうな表情で見つめる。

 ちなみにジュースのパッケージは、驚いた表紙に放してしまい、今は青年の伸ばした足元に転がっていた。

 青年は暫く咳き込んだ後、それを落ち着かせるためか、何回か深呼吸をした後、とりあえず自分に何があったのか理解すべく周りを見回す―――すぐに異常を発見する。即ち、自分のすぐ側に座り込んでいる少女だ。


「今さっき、俺の口の中に得体の知れない液体を流し込んだのは、お前か?」


 少女を見つけるや否や、初対面の相手へのものとは思えない口調で、青年は少女に訊いた。


「えーと……。はい」


 先ほどは穏やかに見えた、打って変わった彼の目つきの悪さに圧されながらも、彼女は何とかそう返した。


「さっきの液体は何だ?」


 そう問われて、慌てて少女は青年の足元に転がっていた、先ほどまで自分が手に持っていたジュースのパッケージを青年の前の前にかざした。


「これです」


 青年はそれを目読する。『どろり濃厚レモン味』


 ……確かに、レモンの風味が鼻と口の中に広がっている気がするなぁ……。


 青年は今も残っている口と鼻の感覚に気付く。


「……じゃなくて」

「じゃなくて?」


 首を傾げる少女に、青年は腕を上げた。掌は閉じ、その手の形はグー。上げれる限り上げたそのグーを、今度は一直線に急降下される。

 重力の力も借りて、そして青年の筋力も手伝って、青年の右手に形成されたグーは勢い良く振り落とされた。


ポコッ!

「あうっ」


 ―――少女の頭の上に。


「イタイ……。どうしてぶつかなぁ……」


 無論、ある程度の加減を青年はしていたが、それでもそれなりに力の入った“拳骨”はかなり痛かったらしく、少女はたちまち涙ぐんでしまう。

 そんな少女の様子も意に介せず、青年は今度はまだ回復しきっていない体力を使い、息を吸い込んだ。

 そして、出せる限りの声量で彼は叫んだ。


「殺す気かぁぁぁぁぁっっ!!!!」


 もう一度、少女の頭に、先程のよりもより力の込められた拳骨が振り下ろされた。

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コメント

ども、お初です。
相互リンクの件了解いたしましたので登録をよろしくお願いします。


あと、地の文うめぇーーー!!
少し参考になるなぁとか思いながら読んでました。

個人的にはガンダムSESが続き気になるところ。
地の文は素直に賞賛出来ます。
続き無理せず頑張って下さい。
ではではー

>Arkさん

相互リンク了承、ありがとうございます。
早速貼らせて頂きます。

賞賛の言葉、ありがとうございます。
そんなに上手くはないですよ。でも、もっと精進していきたいです。

これからよろしくお願いします。

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