CLANNAD SS フレンズ
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「ちょ、ちょっと、杏」
昼休み。椋を含めた友人と弁当を囲んでいると、クラスの女友達が何か慌てた様子で教室に入ってくるや、あたしに話しかけた。
怪訝そうな表情でその女友達を見る弁当を囲んでいる友人たち。あたしもまた怪訝そうな表情だったろう、友人の方を見た。
「どうしたの?」
「今、D組が騒がしいの」
「えっ?!」
勢い良く立ち上がったお陰で椅子ががたん、と鳴る。
D組で騒ぎが起こる。咄嗟にあたしは、今はD組に在籍する、2年のときのクラスメイトだった2人の男子生徒の顔を思い浮かべた。騒ぎを起こしそうなD組の生徒。あたしが知ってる限りではその2人しかいない。
そしてD組の面々を思い浮かべて騒ぎを止められそうな人物の顔を思い出してみる。残念ながら、存在しない。そこまで考えたあたしは弁当を囲んでいた友人たちに少し様子を見てくるから弁当を食べているようにと言って、あたしは教室を飛び出した。
あたしはE組だから隣はD組だ。案の定、すでに教室の扉や窓にはかなりの野次馬が集まっていた。このままでは教師が飛んでくるのも時間の問題だろう。
扉にたっていた野次馬たちを掻き分けて、中の様子を伺える一番前までたどり着いて教室を見回すとあたしは驚いた。
朋也と陽平が、向き合っている。そして朋也は、今は必死に堪えているようだったが、今にも爆発しそうな怒りをこめた表情で席に座って陽平を見ていた。
一方の陽平は居心地悪そうな顔で、そして朋也とは絶対に視線を合わせようとはしていなかった。
これを見て、あたしがどうしたのかと事情を聞こうと声をかえようとしたとき―――
「…春原ぁっ!」
朋也が勢い良く立ち上がり、陽平の胸ぐらを掴んだ。椅子が倒れて、大きな音が教室に響き渡って、2人の様子を見ながらも談笑していたD組の生徒たちの動きがついに止まる。
陽平も驚いた表情で2、3歩後ずさりながらも朋也の腕を掴んだ。
「な、なんだよ、おまえ……。つーか、わけわかんないぞ」
陽平は非難の声を上げるが、朋也はそれを無視して続ける。あたしは間に入るべきだったのかもしれないけど、朋也の迫力がそれを許そうとしなかった。あたしは一歩も動けない。あんな朋也を、あたしは初めて見た。
2人はしばらくの間、睨みあいながら口論をしていた。そこにはあたしが聞いた噂に関することがいくつかあった。陽平の妹を名乗る女子中学生が、朋也とともに陽平をサッカー部に復帰させてくれるよう部員や顧問に必死に懇願していており、それを認めてもらうために、2人がサッカー部の雑用をさせられている。そういう噂だった。
2人の口論を聞いているあたり、それらの噂は本当のようだった。
朋也がそれに付き添い、その少女の想いを知って、しかしその想いに答えようとしない兄の姿に業を煮やしてこの事件に繋がって行ったんだろう。あたしは大体の事情を理解した。
やがて、2人は口論が静まると暫くは睨みあっていたが、やがてこの騒ぎを聞きつけて集まっていた野次馬たちに気付いた朋也は陽平から手を離した。教師の声が聞こえてそれまで静かだった教室が騒がしくなる。どうやら教師が来たようだ。
朋也はこちらの扉の方に歩いてくる。生徒たちは慌てて道を空けていた。通り過ぎる朋也の顔を見るとやりきれない怒りが表情に浮かんでいた。あたしはたまらず
「待ちなさいよ!」
と声をかけたが、朋也は振り返ることなくどこかに去っていった。再び教室の中を見るとそこにもう陽平の姿はなかった。教師の声を聞いて面倒事を避けるために逃げたのだろう。
当事者2人のいなくなった教室に、駆けつけた教師の声が響くのを聞こえた。野次馬たちは騒ぎが終わったのを見ると、自分たちもそれぞれ散っていく。
あたしにもやりきれない感情は残っていたけど、どうすることもできない。D組の教室を後にし、E組へと戻った。
フレンズ
放課後。あたしは椋と一緒に帰路を歩いていた。歩いている間、あたしはずっと今日の昼休みに起こったことを考えていた。
あのやりきれない怒りを陽平にぶつける朋也。その怒りを受けても、それを頑に聞こうとしていなかった陽平。
そして『芽衣』と名乗る陽平の妹の、あの噂。それらの事柄が、今日のあの二人の状況と繋がっているのだろう。
あたしはどうすればいいんだろう。
そればかりを考えていた。
あれから、朋也は学校に鞄さえも残したまま、帰ってこなかった。陽平も5時間目が始まる前には姿を消している。
しかし、教師たちはいつものことだと気にするはずもなく午後の授業は行われた、と椋は言った。
昼休みに聞いた2人の言葉が、あたしの頭から離れない。
『芽衣ちゃんがどう思っているのか……。どれだけ、おまえのこと信じてるのか……分かるはずだ』
『わけわかんねぇって言ってるだろ?』
激情の朋也を前にした、睨み返す陽平の瞳の中にあった、どこか不安げな感情。
あんな目をする陽平を今までどこで、いつ見ただろうか。あんな似合わない表情をする陽平を、これまで見たことがあっただろうか。
あいつらとはまだ1年の付き合いとはいえ、それなりにあいつらの表情も見てきたし、あいつらのことも大体は理解しているつもりだった。だけど、今のあいつらは、あたしが知らないあいつらだった。
口喧嘩になってたことは何度もあったけど、次の日にはいつもどおりになってた朋也と陽平。
それをネタにあたしが陽平で遊ぶあの情景が何故か懐かしかった。そんなこと、たったこの間にあったばかりのはずなのに。たったこの間にあたしは笑っていたはずなのに。
今度ばかりはあたしが入れなかった。とてもそんな雰囲気じゃなかったから。あんな真面目な怒りの表情で陽平に突っかかっている朋也なんて初めて見たから。
頭によぎるのは、陽平を睨みつける朋也。そして朋也のやりきれそうなあの言葉。
「ねぇ、椋」
「なに?」
「あいつら、馬鹿よね」
思ったままの言葉をあたしは椋に言っていた。視線は空に向ける。あまり雲の無い空は、まだ青さを保っていたけれど、少しだけオレンジ色が混じっている気がした。
こっちを向いて、椋は苦笑いする。
「そうかもしれないね」
視線を椋に戻す。少しだけ驚いた。きっと、椋は「そんなことないよ」とか、「失礼だよ、お姉ちゃん」とか返してくると思っていたからだ。人を馬鹿にするような言動を椋から聞いたことの無いだけに、これは意外だ。
その肯定した椋も悪びれる様子も無く笑ったまま前を向いた。
「でも、あの2人にしか分かり合えないこともあると思う」
「………そうね」
馬鹿だから朋也と陽平。朋也と陽平だから馬鹿。ひどい言い方かもしれないけど、多分、間違ってはいない。
2年のとき、すでに不良として教師からも生徒からも見られていた朋也と陽平。あいつらに話しかける奴もいないし、当然あいつらから話しかけるクラスメイトだっているはずがなかった。
普通はそうだろうと思う。不良に自分から近づいて行こうなんて思う奴が、こんな進学校にはいるはずもない。
面倒でしかないし、付き合うことにメリットもない。そんな自分の損得を考えて、学校生活を送っている生徒がこの学校の大半を占めているのだ。
そんな学校に、不良の居場所があるはずもなかった。
けど、その2人は今もその学校にいる。それは、唯一の居場所をお互いに見つけていたからだ。肩を壊した朋也に、陽平がいなかったら多分学校をやめていたであろうことは想像がつく。
本人に言ったら否定するだろうけど、多分あいつも内心は理解しているだろう。陽平も然り。サッカー部に居場所をなくした陽平に、朋也がいなかったらとっくに田舎に帰っていたに違いない。
自分の好きだった居場所から去らなければならなかった2人に、この学校にいる意味を無くしてしまった2人が、何故3年もこの学校に目的もなく居続けたのか。それを不思議がっていた奴だってあたしは何度も見ている。その数も少なくない。
その理由はあいつらが楽しんでいたから。進学校に居ながら勉強もせず、スポ薦で入学しながら部活をやめて自堕落に学校生活を過ごしているように周りから見えても、2人は毎日を笑えていた。
それをあたしは2年のとき、それはほんの一部だったけれど、あいつらと一緒に過ごして、笑って、それを理解した。そしてあたしは確かに思ったのだ。“悪くない、楽しい”、って。
ほんの少しの時間をあいつらと共有してるうちに、あたしもあいつらのことを次第に理解していって。あいつらもあたしのことを少しずつ分かっていって。毎日を暇つぶしで過ごしているようなあいつらにも、ちゃんとしたところもあるんだって分かって。
今回の事件だって朋也にしてみれば暇つぶしに過ぎなかったのかもしれない。陽平の妹ということでどんな妹なのか興味が湧いていろいろと見ていたら、自然に助けたくなって、芽衣という子の思いに共感したのだろう。
それが今の朋也の行動をさせている。朋也なりに考えて、妹さんの願いを叶えようと躍起になって行動しているのだと思う。
ただ―――
「ホント、不器用なんだから」
そう。あいつらは、馬鹿だから。いい考えを思いつくことなんてできないと分かっているから、あんな不器用なことしかできない。気持ちの伝え方も当然、下手。不器用な伝え方しか出来ないし知らない。
でも、どこかでお互いの感情をあいつらは分かっていて。するべきことだって本能的に理解していて。でも、不器用だから意見はかみ合わない。その結果が、あの事態になのだと思う。
なんて馬鹿なんだろう、と思った。やるべきことがわかっていても、それをどうすればいいのか分からない。そんな感じなのだと思う。特にそれは陽平に言える事だけど。
「我慢なんて、する必要、ないのに」
考えて、我慢する必要なんて、どこにもないのに。何も考えずにただ思ったことをすればいいだけのはずなのに。いつもあいつらがやっているみたいに、思ったことをやれば良いのに。下手に考えてしまうから、複雑になる。
黙っている必要なんて、ないのに。ただ、自分の思ったことを言えばいいだけなのに。
あたしだって、そう言えばいいだけの話なのに。「ごちゃごちゃ考えないで、さっさと行動しなさいよ!!」って一喝してやればいい話なのに。けど、やっぱり―――
「はぁ」
何もしてやれなかった、あの時の自分が歯痒かった。
あたしだって、自分の思った通りのことをしてやればよかったのに。
それで解決するかどうかは分らないけれど、馬鹿な朋也と陽平の背中を少しだけでも押す事になったのかもしれないのに。
「あたしも馬鹿ね」
「ふふ」
椋は笑顔で笑った。それが少し歯痒くて、意地悪してみたくなる。
「何よ、椋。何がおかしいの?」
「え、あ、あの……」
「ほら、言いなさい。何が可笑しかったの?」
「えーと……」
あたしが突っかかると、面白いぐらいに椋はうろたえる。
こういうところがあるから、放っておけない存在なのだと思うけど、こうやってからかってあげたり、意地悪してみるのも楽しい存在でもあると思う。
暫くあたしは椋をずっと睨む―――よりは穏やかな視線のつもりで、見ていたが、それに耐え切れなくなったのか、椋は口を開く。
「お姉ちゃんも、普通だな、って思って……」
椋がそう言っても、暫くあたしは視線をそのままにしていた。
これ以上どうすればいいか分らない椋は、あたしの視線にそのまま合わせるしかないみたいで、やがて、その瞳に涙が滲んでくる。
それを見て、あたしは視線を逸らして歩き出した。
「あたしはどんな存在なのよ……」
ツッコミもかねて、椋の方は見ずにそう言ってやる。
少しして、椋が追いつくために小走りで走りよってくる足音が聞こえた。
その足音を聞きながら、あたしは空を見上げた。
「一雨、来るかもね……」
さっきまで晴天そのものだった空は、黒い雲にだんだんと覆われてきていた。
そんな空を見て、そんなことを呟く。
呟いた後、思う。
これは、2年という時間を共有してきたあいつらの間にできた、初めての深い確執。
解決策を探すのはあいつらは、不器用な癖に全て自分達で終わらせようとしている。解決しようとしている。
あいつらから求めてこない限り、こちらから手を差し伸べる真似をしても。受け取りはしないだろう。
昼休みに、あたしの声を無視した朋也の姿を思い出すまでもなく分かる。朋也は意地っ張りなところがある。それに陽平もあいれで意外と意地っ張りだったりする。
そんな意地っ張りなあいつらにあたしが出来ること。それは―――
「椋、ちょっと考えがあるから、早く帰るわよ」
朋也の顔は、それはもうひどいものだった。殴られたときに切れたのか、血が出ているだけでなく、腫れている箇所も数箇所。顔だけでなく体もひどく、至る箇所が足を前に踏み出すたびに悲鳴を上げるうえに、ズキズキとした痛みも数え切れない箇所から感じる。
痛みを感じる場所を手で抑えるのにも、腕が足らない。痛みを引きずりつつよろよろとおぼつかない足取りで坂道を下りながら、春原抜きで今夜はどう過ごそうか、とか、夕飯は何にするか、とか、救急箱はどこにおいてあったかな、とか考えていた。
「朋也」
坂道を下りきり、自分の家の方向に続く道へ歩きだした直後に、後ろから聞き覚えのある女の声。朋也は声の主の顔を頭に浮かべつつ、顔を横に向けて視線だけ後ろにやると、案の定、私服姿の杏の姿があった。
「……なんだよ」
完全に振り向くと傷だらけの顔を見られてしまうため、横顔で視線だけ杏に向けて返す。杏は小悪魔的な笑いをつくっていた。
その意味を朋也は頭の中で理解する。面倒そうだったから杏は無視して家路を急ごうと思ったが、こういう表情の杏を不機嫌にするとロクな事が無いので振り向くことにする。
「どうしたのよ、その顔」
俺が振り向いても振り向くと、杏は俺の酷い姿に驚くこともなく、いつもどおりの調子で訊いてくる。俺は勤めて冷静な声で答えた。
「別に、大した事じゃねえよ」
「そんな傷だらけの顔で言っても説得力無いわよ?」
「坂道を転げ落ちたんだ」
「嘘。転げ落ちて、殴られたみたいに顔が腫れるわけ無いでしょ」
「勢い良く岩にぶつかったんだ」
「それ、死んでるわよ」
朋也のすぐバレる嘘に一通り突っ込むと、朋也は思いつきも尽きたらしく沈黙する。杏ははぁ、と溜息をついた。
「痛く、ない?」
「痛くない」
「ふーん」
生返事を返すと杏は朋也に向かって歩き出し、朋也に手が届く位置まで近づく。
相変わらず子悪魔的な笑みは続いている。朋也は逃げることもせずただ立っているだけだった。逃げるにしても、この足取りでは本当に死ぬことになりかねない。じっと危機が去るのを待つのが得策だろう……とか朋也が考えていると、杏が突然腹の辺りを平手で叩いた。
その力は普通なら痛みも感じないぐらい軽めのものだったが、今の朋也にはかなりの苦痛だった。痛みを堪えようとするが、堪えきれず呻き声が零れてしまう。
「嘘でしょ?」
悪びれる様子もなくそう言って、杏は歩き出す。
「ついてきなさい」
杏は朋也の方は向かないまま歩きながら言う。朋也は振り向いて「は?」と頓狂な声を出した。杏はそこで立ち止まり、振り向いて言った。
「手当てぐらい、してあげるわよ」
手当てぐらい自分で出来る、と朋也は拒否しようとしたが、殆ど力を使いきり足もおぼつかない朋也は杏に引きずられる形で学校近くの公園のベンチまで連れてこられていた。
そこには何故か救急箱を持った椋の姿があった。朋也は釈然としないながらも、顔の応急処置をする椋に言われるままになっていた。ちなみに処置をしてるのは椋だけで杏は近くで治療の様子を見ている。
朋也が椋に「お前、結構こういうの上手いのな」と言うと、椋が「私は看護学校志望なんです」、と答えたのには少し驚いた。
杏は処置の間は何も言わなかった。別になにかを言いたそうという感じでもなく、無表情でもなく、ただ処置を見ていた。けどその顔はどこか満足そうな表情をしているように朋也には見えた。
暫くすると顔の手当てだけは終了した。手当ての済んだ朋也の顔から血こそなくなったものの、いたるところに絆創膏や湿布が貼られて、試合後のボクサーのように、これはこれで痛々しかった。
「……で、どういうつもりだ?」処置が終わって立ち上がると朋也は杏に訊いた。
「別に? たまたま通りかかったら傷だらけのあんたが居ただけよ」杏は少し笑っていた。
「別に、あんたに恩を売ろうってわけじゃないから安心しなさい。本当に通りかかっただけだから」
そんなわけ、ないだろと朋也は言い返したかったが、それは憚(はばか)れた。珍しく(なんて本当に言ったら恐ろしい)なんの目的もなさそうな笑顔で言ってくれるのではこちらも反論の余地も失ってしまう。
多分、杏は大方の事情を理解しているのだろう。あれだけのことをしたのだ、校内に噂が広がらないはずがないことも朋也は理解していた。だからあえて知らない振りを貫き通して俺にこんなことをしたのだ。
おそらく椋も確信犯であることは、あの自然の笑っている顔を見れば明らかだった。
なら、今は俺も何も言わずに感謝するのが筋というものかもしれない。朋也は「そうかよ」とだけ言って歩き出す。
「朋也」
杏の呼び止める声。朋也は立ち止まって振り向く。
「終わった?」
主語はない。ただ過去形の動詞だけの疑問文。この限りなく短縮された質問の答えもまた簡潔なもので十分だ。
「ああ」
そう答えて再び歩き出す。去り際に椋が「岡崎君、また明日」と言ったのが聞こえたので朋也は右手を上げて答えた。
「帰ろっか、椋」
朋也が見えなくなった後、あたしたちもこれ以上この公園に用はない。あたしたちも帰宅することにする。親にはすぐに帰ると言って結局3時間も経ってしまったことへの言い訳を考える必要があるだろう。
明日は確か英語があった。予習をこれからしなくてはならない。数学の復習も残している。これから家に帰ってすることは山積みだ。まだ春とはいえ、受験生に慢心は禁物。
しかしこれではまた寝るのが遅くなってしまう。明日もまたあたしの秘密兵器を投入する必要がありそうだ。それに、明日の1時間目と2時間目は芸術だったはずだから、焦る必要もないだろう。
何故か嬉しそうな表情で、去っていく朋也を見つめている椋を尻目に、杏は家路を辿るべく歩き出した。
翌日、あたしは遅刻。
結局やることを全部済ませたのは2時過ぎになってしまい、朝は椋が起こしに来てくれたのだろうけど、起きることはかなわず、今日は秘密兵器で通学した。
昼休みに家に忘れていた椋の弁当を届けにいくとちょうど陽平が教室に入ってくるところに出くわした。
案の定、陽平もまた顔は絆創膏や湿布だらけで朋也に負けないくらいの酷い顔だった。本当なら大笑いしてからかってやるところだけど、今日はやめておくべきよね。
陽平は教室に入るとまっすぐに自分の席に向かい、多分何も入っていない鞄を下ろす。そして朋也と向かい合った。
けどそれはほんの少しだけですぐに朋也が陽平の顔を指差して大笑いし始めた。陽平もまた朋也の顔をみて大笑いする。
しばらくの間、教室には大きな笑い声が響く。他のD組の生徒たちは奇異の目で2人を見ていたけど、2人はお構いなしに笑い続ける。
しばらくしてようやく笑いが収まり、朋也は言う。
「す、春原ぁ……」
「な、なに……?」
「め、メシ食いにいっかぁ」
「そ、そうだねっ」
いつも通りの光景が戻っている。
いつもの馬鹿で、不器用な2人。
「学食にすっかぁ」
「いいねっ……って、げぇ―――っ! 150円しかないよっ!!」
「そりゃ可哀想に」
「岡崎ー。やっぱコンビニでカップ麺にしようよ」
「どこで食うんだよ、それ」
連れたって、教室を出て行く朋也と陽平。
昨日の騒ぎのお陰か、その2人への注目で静まり返っていた教室は再び賑やかになった。教室の窓から廊下に顔を出して見てみると、いつもどおり2人は笑いながら歩いていく。
そんな2人を見送って、あたしと椋は顔を見合わせる。そしてさっきの朋也や陽平ほどじゃないけど、笑った。いつもどおりで、どこか懐かしいさっきの光景に。
「さ、椋」
「うん」
「今日は、天気もいいし中庭で食べない?」
たまには、あいつらと昼食を共にするのも悪くないかもしれない。
たまに、だけど。
あとがき
どうも、Ogmaです。
このSSはかきさんが運営する『石橋叩壊』というサイトにある、投稿掲示板に投稿し、それに若干の修正を加えたものです。
これは“黒窓”という名前で投稿されていますが、このサイトの名前の通り自分です。
約1年前に投稿したこのSSを自分で読み直して、思わず死にたくなりました。
それはさておき、このSSについて。
春原兄妹シナリオで、朋也と春原の教室でのつかみ合いのあとの杏の呼びかけには朋也は無視するんですが、そこから発展させてみたSSです。
あの喧嘩のあと、春原は芽衣が治療してくれそうですけど朋也は自分で処置したと思われますが、なかなか鏡を見て顔の傷に絆創膏張るのは難しいですので、それを杏と椋がやったという設定は現実的ではないかな、と思います。
この春原兄妹シナリオは自分の中ではAFTER、風子シナリオと続いて3番目に好きです。それに一番気に入っているキャラが春原だったりするのもこの最初のSSにこれを選んだ理由だったりします。
とりあえず3人目の仲間として杏を描いてみたこのSSどうでしたでしょうか。いつも以上の駄文ながら、読んでいただいた方に感謝します。
- [2009/01/07 19:00]
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