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ガンダムSES 第2話 『始動』 (1) 

 南アジリア共和国の軍需産業会社であるバイスレイド社が開発した傑作MS、“クラン”を始めとする、ZAKを製造識別文字とする機体は、その識別文字を取って“ザク”と呼ばれ、また、この機体をベースとして改良、または発展型の機体を総称して“ザク”シリーズと呼ばれたりする。

 この機体は性能もさることながら、MSパイロットからは操縦のしやすい機体としても有名で、現在の共和国軍の配備しているMSのうち、約90%がザクシリーズで占められていることや、改良・発展前の旧式機が世界各国へ輸出されていることからもこの機体の高性能ぶりが理解できるだろう。

 このザクシリーズの機体と、他の国々が開発したMSとの様々な紛争における戦果:損失率が5:4と上回っていることからも性能は証明されている。

 それだけの証明の下に傑作機としての呼び声高い、そのザクシリーズの最新機種、それが今祐一の目の前に立っている機体、ZAK-4“クラン”、別名“クランザク“と呼ばれるMSである。

 初期に量産化された機体に比べて、防御力や武装、最高速度、加速力など、全般的な大幅な向上を果たしている機体であり、WRのエースが乗るには確かに相応しい機体だと、祐一は思う。

 そしてその機体は今、WRホワイト・レジスタンス本部の地下訓練場で乗り込んでいる祐一の機体、GD-5“カース”の目の前に堂々と立っている。

 その“クラン”の右肩に描かれた“緋色の星スカーレット・スター”のエンブレムが示すパイロットは、WRのエース、北川潤。

 レジスタンスという特殊な戦闘組織の中におけるMSパイロットながら13機を撃墜し、ダブルエースの称号を手にした実力者。

 祐一は改めてコックピット内のディスプレイに映る、白い“クラン”を見つめた。

 “クラン”の機体を祐一が見るのは初めてではなかったし、こうしてMSに乗って対峙する経験も少なくない祐一ではあったが、このディスプレイの映像越しにも伝わってくる威圧感に似た雰囲気を感じるのは、多分気のせいではないと祐一は思っていた。

 確かに、祐一の“実戦”経験は乏しい。

 とは言っても、かつて在籍していたとあるMSパイロット訓練学校ではそれなりの成績を収めてきたつもりだし、その際のMS模擬戦でも自分より強い存在と何度も戦ってきているが、こんな印象を抱くことは初めてだった。

 単なる新兵と、実戦を何回も経験し、死線を何度も潜り抜けてきたであろうベテランパイロットとの違いか。

 祐一は自分の経歴の浅さを少しだけ自分で軽蔑する。

 先日、エレベーターで初めて北川と会ったときの情景を思い出す。そして、格納庫で会話していた、そしてあの“クラン”に乗り込んでいく北川の姿を思い出す。

 軽い性格で、誰にでも好かれそうな、心優しい若者が、あの無機質な人殺しの鉄のロボットに乗って、多分、あちらもこちらをディスプレイ越しに見ている。

 あんな性格な北川も、おそらく歩んできた経歴を想像して自分がまだまだ甘い世界にいたことを、祐一は自覚する。

 祐一は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸。そして、ゆっくりと目を開けていく。

 もう一度開けた世界には、一瞬前の記憶を同じ情景が映し出されていた。

 大丈夫、夢じゃない。現実だ。さっきの深呼吸で気持ちが落ち着いたわけではないけれど、それでも少しの気分転回にはなったような印象を祐一は感じていた。

 そこへ、訓練室管理室からの通信がコックピットに舞い込む。


『訓練場管理室からSSスカーレット・スター1、及びレジスタンスへ』


 ヘッドセットから聞こえてくるのはWR本部司令室室長、美坂栞のまだ少女っぽさの残るあどけない声。この声の持ち主が武装組織の一員であることなど、彼女を知らない人間が聞いたらどうして想像できるだろうか。

 祐一自身、名雪といいこの組織には何かと場にそぐわない人物が多いと感じていたりする。


『これより模擬戦を開始するに先立ち、これより模擬交戦規定の最終確認を行います』


 そこから栞の声で語られたのは、模擬戦における規定。つまりルールだ。

 “こんなことが起こったら、これはこうなる”とか、“こんなことをしたら、あれはこうなる”と言ったようなルールが、簡潔ではあるが栞の口から無線を通し、違う機体に乗る祐一と北川の身に付けるヘッドセットを通じて伝えられていく。

 今更そんなことを確認しなくても、武装組織の兵士なら分っているだろう、と思われるかもしれないが、これは形式的なものではなく、割ととある模擬戦ごとに細かいルールは変わっていくことが割りとあったりする。

 場所によっても大分違ってきたりするので、これは各国軍の模擬戦においても必ず行われる手順だ。

 そして、軍隊の特殊任務部隊と大差ない、このWRにおける訓練でも、それは同じだ。

 そんな規定が、数分掛けて確認されると、栞はこの規定について了承したかどうか問うた。返答は両者とも“了承”。

 決闘前の名乗り合いに似たこの手順が終了し、そしてこの模擬戦の準備は、最終段階へ。

 つまり、決闘開始の合図を持って、模擬戦の準備は終了し、模擬戦へと突入するのだ。

 決闘開始の寸前となったところで、祐一はヘルメットの止め具と酸素マスクを改めて身に付け直す。

 模擬戦とはいえ、体にかかるGは相当なものになることが多いために、酸素マスクの着用は必須だし、これが不適切だったりすると命にも関わる。

 それは頭を守るヘルメットも同じだ。

 この付け直しは訓練学校時代から続く、祐一の癖みたいなものになっていた。

 ぱちん、と心地良い音ともにヘルメットの止め具が固定。酸素マスクもしっかりと口と鼻を覆う形に固定できている。

 それを確認して、改めて操縦桿を握って、前を見据えた。

 WRに来て初めての模擬線を前に、祐一は通信を開く。相手は“クラン”2号機、つまり目の前の機体のパイロット、北川。


「こちら“レジスタンス”だ、聞こえるか?」

『聞こえているぜ、“レジスタンス”。こちらは“SS1”。どうした?』

「いや、これといった用事はないが、初戦がお前とはな、と思ってさ」

『何だ? 手加減でもして欲しいのか?』

「頼めばしてくれるのか?」


 祐一の軽口交じりのこの問いに、北川はふっ、と笑った。


『悪いな、香里から「手加減は無用、全力で叩き潰す気持ちでかかりなさい」って言われてるんだ』

「なんだそりゃ……」

『実力を測るための模擬戦だからな、俺が全力でやらなきゃ、お前の真の実力も見れないってことだろ?』

「そんな買いかぶられてもこまるんだが」

『そう言うな。とにかく、俺は全力で行くぞ。お前がどこまでの実力かは知らないが、とにかく失望だけはさせないでくれよ』


 これはある種、脅しか。半端な覚悟で戦うつもりなら、やめておけと言ったような感情が込められているような印象を北川の言葉から祐一は受けた。

 祐一は一つ溜息をついた。


「……まぁ、善処する」

『頼むぜ』


 通信の切れた向こうに、祐一は不敵な笑顔を浮かべる北川の表情が頭に浮かんだ気がした。

 む、なんか気に食わないぞ、もし本当にしていたら。


『お話は終わったかしら?』


 そこへWR司令官、香里の声。どうやら先ほどの会話は聞かれていたらしい。


「ああ、悪かった。いつでも大丈夫だ」

『頑張って、相沢君。あたしが北川君をあなたの相手に選んだのはちゃんとした確信を持ってのことだから。失望させないでよ』


 ヘッドセットから聞こえてくるその口調は、この緊張感に包まれる状況の中でひどく穏やかなものに思えた。


「北川も同じようなことを言ってた。買いかぶりすぎだ。もうちょっと楽な相手の方がよかったのに」

『あら、名雪の話を聞いてれば、そうは思えないけれど』


 その言葉に、祐一は酷く深い溜息をつきたい気分になる。

 一体、何をどういう風に香里や北川に話したのだろう。

 この模擬戦が終わったら、問い詰めておくべきだろうか。


『北川君は拗ねるでしょうけど、今回はあたしも相沢君を応援してあげるわ。負けたら罰でも受けてもらおうかしら』


 悪戯っぽい声の香りに、祐一は苦笑いを浮かべる。


「そりゃ怖い。負けられねぇな」

『ふふ……。始めるわよ、栞』


 司令官の妹である司令室室長の名前が呼ばれると、ヘッドセットから聞こえてくる声は、香里から栞へ。

 香里と違って、その声は真剣そのものだったが。もう、本番はすぐそこなのだろう。祐一はコクピットの正面ディスプレイに映る“クラン”を睨み付け、操縦桿を握る手に力を込める。


『両機へ通告、模擬戦開始と同時に、現在両機にかけている操縦制限を解除します。操縦制限解除までのカウントダウン、残り15秒ラストフィフティーン・セカンド







機動戦士ガンダム

Space Empire of the Sun




第2話

始動







「いくぜッッ!!」


 対戦開始、先制攻撃は祐一。ビームサーベル(出力は最小だ)を抜き、スロットルを最大にまで叩き込む。

 静止状態からでもMAXまで叩き上げれば、カースに搭載された神聖帝国第7開発局製、M600ロケットブースターは、60tの巨体をも一瞬で時速114kmにまで押し上げる強制加速を行う。M600の出力は、80m程度の距離など目と鼻の先の距離に等しい。

 その出力を持って、一瞬で距離を詰めて肉薄してくるカースを、北川は正しく理解し、それに対する対応も心得ていた。

 このスピードの勢いを受け止めるべく、北川もスロットルのパワーをMAXにまで叩き込み、ビームサーベルを抜いて肉薄してクランをなぎ払おうとする、祐一のビームサーベルを受け止める。

 しかしこの対応を祐一は予想していた。だから、すぐさま間を置かずに次の攻撃へと移った。

 ビームサーベルを持っていない方の腕、即ち左腕で腰に取り付けてあるMS用大型ビームハンドガン(弾はペイント弾だ)を抜いて、そのまま抜きざまにクランに向けて放つ。

 これは予想外だったのか北川のこれのかわし方に、隙が発生する。身をよじってハンドガンから発射される弾はかわしたものの、機体のよじり方が大きすぎたために、無防備な右脇を完全に晒してしまっていた。

 祐一はこれを見逃さない。

 位置的に、ビームサーベルを持っている右腕は対角線上にあり、この脇をビームで裂くことはできない。

 しかしその無防備な脇に、コックピットにいる祐一の操縦に従って足部に搭載された神聖帝国ハートネッツ社製IG-9モーターが起動する。

 その動力によって生み出される強烈な蹴りは、常人が受けたら500mは軽く吹き飛び、おそらく体の原型を留めないであろうほど威力を持ち、そして10トンもの重量を持つ物でも軽く蹴り飛ばすことが出来るほど威力を持つ。

 それほどまでに恐るべき勢いと速度を持ったカースの蹴りがクランの右脇を襲った。


『ぐッ!!』


 総重量は50トンを超え、160mm砲の直撃にも堪え得る強度を持つ防御装甲を兼ね備えるMSでも、壊されはしないとはいえ、この蹴りを受けて、平然と立っていられるMSなどまだ世界を探してもない。

 例外なく北川のクランも脇への蹴りを受けた機体がバランスを崩した。これを狙った蹴りを放った祐一は、一気に止めを刺すべくよろけていくクランにハンドガンを向けた。

 その直径10センチを超える銃口から吐き出される本来の銃弾であるビームは、一撃で機体を破壊できるほどの威力を持つものではなかったが、比較的装甲の薄い腕部及び脚部を破壊するには十分な威力だった。

 祐一の狙いはクランの膝の位置に当たる関節部分。

 曲げる必要があるために、関節部分の装甲はどうしても他に比べて弱い。そして、ここに攻撃を受ければ、陸上用の機体なら著しく戦闘能力を下げることができる。

 ロケットブースターがあるとはいえ、これは加速用の意味合いが強く、通常の移動には向いていないからだ。そして強力な推進力の源となるロケット推進剤には限りがある。

 つまりこれを破壊できれば、次の一撃を逃げられたとしても、あとはゆっくり料理できる。

 この模擬戦で実際に破壊されることはないが―――管理室の被破壊判定によってその部分の作動が停止されるため、結果的にそれは破壊と一緒だ。

 そう考え、祐一は一瞬ではあるもの、狙いを定めてビームハンドガンを発射する―――しようとした。

 しようとした、というのは、出来なかったからだ。バランスを崩していながら、北川もまた右腰のハンドガンを抜いて祐一に向けて放ったのだ。


「なっ―――」


 そのハンドガンの狙いは正確であり、祐一も回避しようとしたが1発が右腕にかすり、1発が右胸に命中する。


「うおっ」


 ハンドガンから発射されたビームが胸に命中し、爆発する―――のが本来だが、今回使っているのはペイント弾だ。

 結果、ペイント弾がカースの右胸で破裂、弾が破裂して中に入っていたペンキがカースの右胸を赤く染めた。

 被弾判定によって一時的にカースの操縦と動作が規制され、一部操縦不可に陥る。

 本来、ハンドガンの威力はカースの胸部装甲を破壊するには完全に威力不足であるが、その爆発によって祐一のカースをのけぞらせられるだろう。

 実戦なら、これは北川にとっては絶好の反撃のチャンスとなる。

 しかし、北川はそこへ追撃できない。反撃を食らわせたとはいえ、バランスを崩していた機体を立て直さないまま攻撃をするのは難しいし、さらにバランスを崩すかもしれないためだ。

 祐一もまた慌てて北川との距離を取り、北川も機体を立て直すと少し距離を取った。


「さすがはWRのエースと言った所か……。簡単には終わらせてくれないか」

『そりゃそうさ。俺だって、一応俺なりの意地があるってもんだぜ』


 一つの区切りがついたと2人は感じたのか、両者とも少し肩の力を抜いて通信越しの会話を交わした。

 そう言いながら、祐一は先ほど受けたビームの損害状況を確かめていた。無論、視線は“クラン”から外さず、右手に持っていたビームサーベルは仕舞い、左手のビームハンドガンでクランを警戒しつつ、右手だけでキーボードを操作して、だ。

 幸い、右腕への異常は見つからない。直撃を受けた右胸の損害判定も戦闘には影響のない程度のダメージと判断されたようで、被破壊判定による操縦制限はなかった。

 一方の北川も同じようにハンドガンは構えたまま損害を確認していたが、右脇に受けた蹴りの影響は機体自体にはないことを確認する。

 それを確認した北川は、ハンドガンを腰に仕舞い、肩に固定していたビームライフルを右手に持った。


『接近戦の力は見させてもらった……。まだ未知数ではあるが、なかなかやるな、相沢』

「そりゃどうも」

『俺は偉そうに言える立場じゃないが、経験から言えば”初陣“では死なないと思うぜ?』

「お前も簡単には死にそうにないな。最後までしぶとそうだよ」

『そりゃそうさ。俺達みたいなゲリラは、そういう戦いが基本だからな。まぁそれはいい』


 北川はそう言うと、持っていたビームライフルの銃口を祐一のカースに向ける。これを見た祐一はすぐに回避行動が取れるように身構えた。

 切った言葉を、北川は続ける。


『だが、俺達の戦いの基本は射撃だ。接近戦は出来るだけ避けるのが基本だ。奇襲によって敵を混乱させ、敵が体制を整えなおすまでの間に敵に手痛い打撃を与える。それが俺達の戦い方』

「成る程。派手な上に時間のかかる接近戦ではなく、一瞬で敵を葬れる高出力ビームによる敵機の破壊。いきなり襲いかかられたら、確かにそっちの方が驚くな」

『その通りだ。だから、セカンドステージではその射撃の実力を見せてもらう……。的はもちろん、俺だ。そして撃ち返しもする。つまり、お前も的だ』

「ふむふむ。それなら話は早い」


 祐一もまたハンドガンを仕舞い、肩に掛けていたビームライフルを持ち、北川のクランに向ける。


『よし、それなら―――うおおぉぉっ!?』


 まだ何か言うとした、通信から聞こえてくる北川の言葉を遮るように、祐一はビームライフルを放った。慌ててそれらのペイント弾群を避けるクラン。

 外れてあらぬ方向へ飛んでいくペイント弾が、やがて北川の後方の壁をカラフルな色に染めた。

 一通り撃ったところで、祐一が攻撃をやめると、たちまち北川かわの抗議がやってきた。


『こらこら、人の話はちゃんと聞きなさいって習わなかったのか!』

「いや、必要のない話は聞かなくてもいいかなと思って」

『だからって撃つことはないだろ、撃つことは! こんなんで負けたら、香里にどんな罰を受けさせられるか知らないのか?!』

「いや、どうせお前が受けるんだし」

『酷ぇ!! つーか必要のない話ってなんだよっ! つーかどうせってなんだ、どうせって!』

「五月蝿いな……御託は良いから再開しようぜ」


 そう言いながら再び祐一はビームライフルを北川に向けて連射し始める。慌てて北川はブースターを点火してこれを避ける。今度は祐一は射撃をやめなかった。

 回避行動を取り続けている北川は、未だに喋り続ける。


『畜生! 絶対後悔させてやる! 絶対負かせてやるからなっ!』


 そういって、無線は切れた。

 多分、格好をつけるのが下手な奴なんだなぁと祐一は思った。

 それはもとい、先ほどまではいい加減に標準をつけて狙っていた祐一も、次第に真剣に狙いをつけて射撃を始める。

 本来、カースが装備するフィゲル兵器工房が開発したBN-1ビームライフルの命中精度は大陸でも最高レベル、そして5km以上の距離があっても一撃で敵MSの前面装甲を貫通できるほどの威力を持つその射撃。

 祐一自身も射撃の腕は低くなく、平均よりは高いほうだったが北川は難なく避け続ける。というか、掠りもしない。


『さぁ、相沢、当ててみろ!』


 北川がそう叫ぶと同時に、回避行動を取り続けていたクランが、空中へ飛ぶ回避行動へ転換、そのままライフルを祐一に放った。

 すぐに祐一は後ろへ飛ぶように後退、これをかわす。しかし、クランはその後退するカースを逃がさないと言わんばかりに射撃を続ける。その狙いは祐一のものとは比べ物にならないほど正確で、先ほど自分が殆ど掠りもしなかったのに対して、北川の射撃は直撃こそないものの先ほどから腕部やら脚部やら肩やらの間近をペイント弾が飛んでいた。そのうちの数発かは確実にカースの機体を色で染めていく。


「こなくそっ!」


 祐一もブースターを点火、高速移動によりビームの回避行動へと移った。しかし、しっかりと射撃の高位置を北川はキープし続ける。

 飛行状態になっていたカースに、ビームを回避することは容易いが、この場所は訓練場。本部の中で一番広いとは言っても、所詮は屋内、たかが知れている。

 事実、もう目の前には壁が迫っていた。このまま突入すれば、機体は何重にも貼られた特殊装甲にカースは激突、いかに頑丈なMSの機体といえど、へこむだけでは決してすまない。アルミ缶のように簡単に押しつぶされ、コクピットのパイロットは潰されて目も当てられない肉塊へと化してしまうだろう。

 そんな最後を少しだけ想像して、祐一は恐怖する。そんな死に方、まっぴらごめんだ。

 いうまでもなく、祐一は操縦桿を倒し、引いた。その操作にしたがってカースは右旋回、壁を這うような飛行、とは到底いえないが、それでも壁とカースの胸との距離はかなり近い。

 コックピットのディスプレイが移す目の前の壁にすこし心臓の鼓動が早まるのを祐一は感じる。

 また少し後ろ、そして上には北川のクランがぴったりと位置をキープしてこちらへの射撃を続けている。

 MAと違いそれほど高速で飛行できないMSの出せる飛行速度なんてたかが知れているが、それでもビームライフルを当てるのはかなり至難の技だ。

 それでも、北川の射撃はだんだんと正確さを増し続けている。

 位置をキープするための操縦技術と射撃の腕が両方必要な上に両方を同時にこなさなければならない、飛行中の射撃は難易度が高いために飛行中の攻撃は機関砲か、レーダー感度が高ければミサイルを使用するのが普通だが、あいにく今回はミサイルは両機とも搭載されておらず、機関砲(もちろん模擬弾だ)は搭載されているが、実弾と違ってひどく命中率が悪いために北川は使わないのだろう。

 このまま飛んでいれば、多分直撃は受けることはないだろうが―――


「それじゃ、このままきりがない、か」


 そう思った祐一はよし、と一つ作戦を考え付いた。かなり強引な作戦で、後で香里あたりに怒られそうだが―――このまま終わりのない回避訓練を続けていてもしょうがない。

 思い立ったら即実行、と言わんばかりに祐一はさらにスロットルを上昇、機体を加速させる。

 それに合わせてクランもまた加速、祐一との距離と位置をキープし続ける。

 振ってくるペイント弾の雨。祐一は機体を振ったり、高度を変えたりして北川の標準を揺さぶり続けてはいるが、一向にこの射撃が乱れる雰囲気が感じ取れない。おそらく効果が無いのだろう。

 この程度で乱れるほど、北川は甘くない。祐一は改めて感じた。

 だからこそ、多少の奇策でないとこの状況は打破できない。そう思って、間近に迫ってきていた前方の壁を見据える。




 そろそろ旋回しないと壁に激突するかもしれない―――北川はそう思い、カースが行うであろう旋回行動を予測した。北川は次の旋回で決着を着けれる、と感じていた。

 先ほどの旋回は様子を見たが、先ほどの旋回から予想できるカースの動きを読んで、そこへペイント弾を撃ち込めば多分撃墜判定に出来る、と北川は踏んでいた。

 そう思って、カースの動きをじっと見つめていたのだが―――どうも様子がおかしい。

 もう壁は迫ってきているのに、一向に旋回しようとする動きがない。進路そのまま、速度もそのまま。このままでは壁に激突する―――つもりはないだろうから、何か策を考えている、と北川は判断した。

 壁にこのまま激突するコースを取って、こちらの虚をつく攻撃―――北川はそれに対する対応と、そして自らの勝利を確信した。

 そして予想通り、祐一のカースの左手はビームサーベルを手にとっている。気付かれないようにするためか、こちらに見えないようにやっているように見えるが、北川の経験と視力を騙すには到底不完全だ。


(壁に激突する直前にブーストを逆噴射、こちらに方向転換して一気に接近、ビームサーベルで決着をつける腹か……。甘いぜ、相沢。そんな策、見破られていたら何の意味もない)


 奇策には敵の虚を突けば一気に決着を着けることの出来る威力を秘めているが、しかし読まれていた場合はとんでもない隙と攻撃機会を敵に与える結果になる。

 安易にそれを行って滅んでしまったレジスタンスを北川は何個も知っていたし、自分達もそれを行って敗北した経験もある。それで仲間が何人も死んだ経験もある。

 だから、奇策というのは思いつきで成功するものではないのだ。敵が新米パイロットだったらともかく、北川のようなベテランパイロットを騙すのは、かなりの経験と頭脳が必要だ。

 そして、祐一の経験は、まだ浅い。


(簡単にはいかないこと、教えてやらないとな……)


 北川は戦術を修正、逆噴射した際に発生する大幅減速によって出来た隙を狙ってライフルを撃ち込む事に決めた。

 万が一、それをかわしても奇策を破られたことに驚くであろう祐一に、北川の次の一手を防ぐことはできないだろう。

 思考を纏めた北川は再び前方の壁を見据えて、そして次の少し下を飛行している祐一のカースを見据える。壁はもう、そこまで迫ってきていた。


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