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ガンダムSES 第2話 『始動』 (2) 

 迫る壁、落ちない速度。

 策を見破っていた北川は、ライフルの標準をカースにつけ、減速に対応できるようスロットルにも手を掛けた。これなら突然の減速にも対応でき、一瞬で撃墜判定を祐一に下すことができるだろう。

 北川のクランは自分の勝利の方程式を気付かれないよう、決着のときの標準を頭の中で調整しつつ、相変わらず祐一に向けてある程度狙いをつけた、でも当てる気のない射撃を続ける。

 もう目前に壁は迫っているが、相変わらずカースは背部に背負っているM600ブースターの排気ノズルからの白煙を吐き出しているのが証明している通り、ブースターを高出力で使用してこのまま壁に向かって突っ込もうかと思わせるぐらいの勢いと速度で飛行を続けている。

 その巨大な機体を撃ち落さんと―――正確には、ペイント弾で汚さんと―――クランが右手に持っているアジリア共和国バイスレイド社製BR-1Bビームライフルは、弾を銃口から吐き出し続けていた。

 しかし、それがかすって多少の汚れをカースに与えることはあっても、それが直撃して派手な色に着色されるにはまだ程遠い。

 ベテランの北川といえど、高速で移動する相手に標準を合わせるのは難しい。どうしても横に動く的は当て辛いのが普通だ。

 祐一もそれを知ってるから、短時間とはいえ直線を高速で移動している。旋回による動きの先読みというリスクがあっても、地上に立ったまま回避行動を取り続けるよりは被弾する危険は低いのだから。

 だが、こういった狭い空間での飛行には欠点がある。それは、直線的に飛行できる時間が少ないことだ。

 直線的とはいっても、ただ飛び続けるだけではすぐに撃ち落されるに決まっているから、機体を振ったり高度を上げ下げして標準を揺さぶったりするが、真っ直ぐ進路を正面へと向け続けられる時間には限界がある。

 特にこういった屋内での戦闘―――が、MSに乗っている状態で実戦において発生するとは思えないが―――のような、狭い空間での格闘戦では動きが極端に制限される。

 だから、動きの先読みもたやすく、どうしても守りに入ると負けへ一直線の道を辿ってしまうのだ。

 この状況においても北川は、祐一を射撃し続けれる高位置につき続けて、圧倒的に優位な状況にあり、逆に祐一は不利な状況だ。

 祐一も次の旋回で北川はチェックメイトをかけてくることは分っていたのだろう。だから奇策を使う。

 北川はその奇策を見破り、それを逆手にとって決着をつけるつもりでいたが、その前に北川は射撃を続けながらも通信を祐一に繋げる。


『相沢、俺に奇策は通用しないぜ。経験は俺の方が上だ、多少の奇策じゃ、今のお前じゃ俺には勝てない』


 その通信で祐一の心拍数はいくらか跳ね上がる。北川の読みどおり、祐一は次の壁に奇策を持って北川に勝負を挑むつもりでいたのだ。

 北川にある程度は勘付かれることは覚悟していた祐一だが、釘を刺す意味でのこの北川の通信を実際に聞くと、多少の動揺は抑えられない。

 その動揺が声になることはなかったが、祐一は少し唇を噛む。

 しかし、今のこの奇策を使わなければ、結局先に待つのは敗北しかない。

 北川のこの通信を聞いて、一瞬この奇策を躊躇した祐一だったが、意を決する。

 壁はもう目の前に迫りつつあった。もう減速しなければ壁と激突、機体が無残な亡骸と化すには難しくないほどの近距離。

 しかし、祐一はM600ブースターの出力は最大にまで上昇、さらに加速する。

 当然この行動を読んでいた北川は、この祐一の加速に動揺することはない。

 北川は自分の登場している“クラン”の機体から離れていく祐一の機体“カース”から離れないように、出力を上げて速度を上げる。

 目の前に壁が迫っていること、そしてこの加速が祐一の仕掛けた罠の序章であることは北川を理解していたが、北川はあえてこの誘いに乗ったのだ。

 一度警告しておいてからの奇策の実行だろうから、それなりに自信があるのかもしれない、と北川は思っていたが、祐一自身、この奇策が通用するかどうかは全く予想できないでいた。

 訓練学校時代の教官からの教えを下に考え付いた奇策ではあるが、北川に通用するかは完全に未知数だったのだ。

 頼りない自信だと祐一は感じていたが、このままズルズルと流されて敗北一直線になるくらいなら、多少は足掻いてやる。

 なんとなく祐一は意地にも似た感情を持ってこの罠に臨んでいた。


「いくぜッ!! 北川ぁぁぁ!!』


 壁に激突する一瞬の寸前、祐一は全ての出力をダウンさせる。

 コックピットの指令に従い、それまで合成燃料が燃焼、50トンを超える機体を高速で飛ばせる出力を出していたM600ブースターが機能を停止、カースはその速度を急激に失う。

 一瞬で出力がなくなったM600エンジンを確認した祐一は、機体を反転させるべく両手に握る操縦桿を激しく動かした。

 しかし、一瞬前まで高速での速度を維持するために必要とした膨大なエネルギーと巨大なエンジンが動かしていた、その巨大な機体を反転させることは、簡単なことではない。

 重い操縦桿を極限の力で動かし、機体を強引に反転させる。

 しかし、それまで強力な出力によって吐き出されていたパワーは、一瞬の動力停止で止まることなどありはしない。

 惰性によって、そのまま壁激突への一瞬のフライトを続けるカース。しかし、壁に激突する気などない祐一は次の行動へ。

 反転した状態から、祐一の操縦に従い、WRが保有する機体の大半が出力元とする化学合成燃料の供給が背中に2基背負われているM600ブースターへ開始、M600ブースターが再び点火する。

 出力を失って、どんどんパワーを失っていく惰性のベクトルへ、勢いを大幅に凌ぐパワーを持つ全く正反対のベクトルが惰性進行方向の真正面へとぶつけられる。

 結果、当然のごとく惰性進行方向へのベクトルは完全に失われる。

 しかし、その祐一の操縦をもってしても、方向転換前の時間は壁激突までの時間を少しだけオーバーしていた。

 ただ、機体は壁に激突することはなく、壁に激突したのはMSの足のみであったが。

 一瞬の間、カースのコックピットにある祐一は、真正面に相対する形となった北川の乗る“クラン”を注視した。

 こちらへ向かって突進してくる“クラン”。その機体の右手にはビームサーベルが握られ、まるで減速する気など毛頭ないような勢いでこちらへ突っ込んできていた。


「ちっ……!」


 やはりここまでの策は完全に北川は読んでいる。それを祐一は直感した。

 北川の読みはこうだ。

 突然の減速に驚いた自分は釣られるように減速、方向転換直後の真正面相対後に、祐一はビームライフルを乱射。

 この一連の祐一の動きに動揺させられた北川はそのまま対処を見出せず、回避の動きには鈍りが出るだろうと祐一は予測し、北川に直撃弾を食らわれるのも難しくはなく、そこで勝利を狙ってくると北川は読んでいた。

 これに対し、北川はこの祐一の方向転換直後に、祐一を追うために加速した出力をそのまま使い、方向転換直後で動力ゼロの“カース”にそのまま突っ込んで勝負を決める腹積もりだったのだろう。

 大出力のクランに突っ込まれれば、たとえ重量で互角だったとしてもカースはそのまま壁へ背中から激突、機体は大きく損傷、そして中にいたコックピットにその激しい衝撃が伝わり、中に乗っている祐一の意識をたちまち失わせたに違いなかった。

 ―――しかし、祐一の思いついた策には、北川の予測よりも長い、さらに先があった。

 突っ込んでくる北川のクランを見た祐一は左手の操縦桿を握る手を離し、祐一の右側面に位置する出力系統を統制する機器に手を掛けた。

 その祐一の操作によって、背面部に位置する常に下を向いているはずのブースターは、“左”を向いたのだ。


『なにっ?!』


 カースは、左に向いた状態で一気にブースターを最大限に解放。その出力によって、たちまちカースは左から右に、強烈に突き飛ばされたような勢いで瞬間移動したように左へ移動。

 北川の視界から一瞬でカースの姿が消える。

 この北川の側面を取った代償として、無理な横への移動と急加速は、急激な横Gを祐一に与える。

 そのGは祐一の内臓や筋肉に少なくない負担を強いたが、耐えられない程度ではない。

 そして、この祐一の横方向へのブースター解放という移動方法は北川の虚をつき、祐一には絶好の攻撃機会を与えていた。


「おおおぉぉッッッ!!」


 北川の側面に回った祐一は、右手に持っていたビームサーベルを一気に横へ薙ぎ払う。

 完全に虚を突かれた形になっているはずの北川に、これをかわす術はない、俺の勝ちだ―――!!

 祐一はビームサーベルをなぎ払うその瞬間に、勝利を確信する。



 ―――が、そのビームサーベルは空を斬っていた。




「なっ……!」

『まだだッ!!』


 祐一は逃げた方向として考えられる―――というそこしか考えられない―――位置を見た。それは即ち、上。

 すぐさま頭部を上に向けて祐一のカースは頭上を見上げた―――そこには北川のクランが、ビームサーベルを思い切り振りかぶった状態で、こちらを見ていた。

 北川は、祐一のカースのビームサーベルがクランをなぎ払うその寸前、ブースターを点火して上空へと逃げていたのだった。

 そして、今度は頭部を下に、脚部を上にする形に方向を転換、今正にブースターを点火してカースに向けて突進を仕掛ける寸前だったのだ。

 祐一もまた、すぐさまこれを迎え撃つべくビームサーベルを構え直す。

 クランがブースターを点火、たちまち機体とコックピットに強烈なGが掛かると共に機体を時速100キロ以上へと一瞬で強制加速。

 引力という力も味方につけた上から下への突進は、隕石にも似た勢いをクランに与える。

 そのメテオ・ストライクの狙いは確実に祐一の乗るカースへと向けられ、その標的を完全に撃破するべく突進していく。

 そしてこれを見た祐一のカースもまた、クランを真っ二つにせんと言わんばかりにビームサーベルを大きく振りかぶっていた。


『おおおぉおぉぉおッッッ!!!』


 北川の雄叫びが祐一に伝わることはなかったが―――祐一はコクピットの中で、それを感じ取り、その威圧感を感じたような気さえしていた。

 しかし、その程度でひるむような弱い闘志を、祐一は持っていない。

 むしろ、これを切り裂かんと感じさせるような闘志を、その目に燃やす。


「うおおああぁあぁぁあああッッッッ!!」


 そして、2機の機体が高速ですれ違った―――。







WR本部 兵器格納庫

「ペイント弾と、出力を最小限にまで抑えたビームサーベルでここまでとはねー」


 格納庫で、模擬戦を終えた2機のMSを見上げながらWR整備隊のチーフである柊勝平は感慨げにつぶやいた。

 勝平の目の前にいたるところが傷だらけになり、左腕が無残にも破損している北川の乗機“クラン”と、頭部が著しく破損している祐一の上記“カース”が回りのいろんなものに支えられながら立っている。

 当然ながら2機の機体中に作業ロボットが張り付いて修理作業を行っている。

 投入できる限りの作業ロボットを投入して修理しているが、完全復帰できるまでには少なくとも3日はかかるだろう。


「暢気な声で言ってる場合じゃないですよ、チーフ。どれだけこれから大変だと思ってるんスか」

「まあ、そうなんだけどね」


 部下の言葉に、苦笑い気味に言葉を返す勝平。


「でも、いいじゃないの。あんなに面白い戦い、あたしは久しぶりに見たよ?」


 別の整備員の女性が、勝平ののんびりとした口調をとがめた青年に言った。

 いつもなら、スパナ片手にボロボロに機体を壊したパイロットを怒鳴りつけ、仕事が増えた事に不平不満をぶつぶつと愚痴りながら仕事をする彼女。

 しかし、今に限っては、このようなボロボロに破損した機体を前にしても上機嫌な様子を崩さない。


「それには同意するけど、俺達の仕事を増やしてくれたことには変わりないだろーよ」


 青年は不満げに言う。

 彼もまた昨日の模擬戦を観戦していた人物の1人であるが、彼にとって不満だったのは、WRのトップエースに賭けていた金が思いもよらない結果に終わってしまったことが余程不満なのだろう。

 それを知っている女性は、いきなり青年に近づき、彼のポケットに手を突っ込んだ。

 驚いた青年は慌てて女性を突き飛ばすが、既に遅かったらしく彼女の手には1枚の紙きれがつかまれている。


「これは何なのかな~?」

「こらっ、返しやがれっ! チーフ、なんでもないッスからね、あれは!」


 それを取り返すべく慌てて彼女の紙をつかんでいる手に向かって突進する彼だったが、彼女はそんな行動は3日前から知っていたかのようにひらりとかわし、持っていた紙を広げて読み始めた。


「え~と何々……? 『WR模擬戦! 現在の配当:北川1.4倍、相沢:4:6倍』」

「はぁ、やっぱりギャンブルになってたのか」


 先ほども言った通り、模擬戦がギャンブルの舞台になっていたことを勝平は気付いていたが、こんなものがWR内に出回っていたとは知らなかった。

 WR内にも随分と暇なヤツがいるものだと勝平は思う。


「……まぁ、いいけどね。それより大木おおき

「なんスかっ?!」


 大木―――勝平の部下のうち、青年のほうだ―――は女性から先ほどの紙切れを奪おうと掴みかかるのをやめないまま、首だけ動かして勝平の方を向いた。


「カースの修理から整備、全部やっとくようにね。3日以内」

「はっ?!」


 たちまち動きが硬直し、首を勝平の方へ向けたまま動かなくなる。

 そんな大木の動きをじっくりと楽しむように、勝平はにっこりと笑って背を向ける。

 女性のほうもそんな大木の隙を突くように、彼女を捕まえようとしていた大木の腕をかいくぐって離れていく。

 1人残された大木といえば、ひとり残された事に気付くことなく呆然と立ち尽くし、我に戻ったのは数十秒後のことだった。







WR本部 情報作戦室

 WR本部には、本部の最高司令機関である指令所の他、情報室と呼ばれるWR本部の人員の中でも限られた者しか入れない部署がある。

 それがこの訓練場よりさらに一つ下層に位置する、訓練場管理室よりも少し大きい程度の広さを持つ会議室、正式名称で言えば『情報作戦室』。

 短縮して“情報室”と呼ばれるこの場所に入ることが出来るのはWR内でも幹部クラスの人間と、ごく僅かの許可を受けている人員のみで、それ以外の人間が立ち入りことは殆ど出来ない。

 そして、この場所で行われるのは名前の通り、幹部達が色々な情報筋から手に入れた情報を元に話し合い、作戦参謀としての役目も持つ各部署の長達の意見を取り入れ、作戦を作ることだ。

 そして“情報”という文字が入っているのは、ここには共和国、そして帝国との“繋がり”が存在する場所であることが理由の一つだ。

 聞くからに怪しい表現ばかりが使ってあり、まるで怪しい秘密結社みたいだ―――と言われれば、正にその通りだ。

 これほどのまでの規模と設備を持つ組織の最高司令部ともいえる部署なのだ。

 平和な家庭が団欒を過ごすような空間では、人殺し、破壊、そしてその先にある革命のための作戦を練ることなどできないだろう。

 このWRという組織はそういう奴らの集まりであり、そしてこの場所はその中でも最も危険な場所とも思えるかもしれない。

 証明は極端に落としてあり、会議室の壁に設置してある巨大なスクリーンにくっきりと浮かび上がっているアジリア大陸は青白く光り、それが独特の空気を生み出している。

 そして、この場所には現在3人の人物がいる。

 1人は、WR最高司令官、美坂香里。そしてもう2人は司令室のトップ2人、つまり美坂栞と天野美汐。

 栞は会議机の周りに並べてあるいすの一つに座り、持ち込んできたらしいノートパソコンに視線を落としながらキーボードを叩いていた。

 美汐もやっていることは栞と一緒だったが、違うのは彼女が今視線を落としているのはこの場所に“設置”されている、特殊なデスクトップタイプのPCだ。

 このPCには独自の回線がつながれているが、今はまだ伏せておく。


「それで、カースとクランの修理が終わるまでの代用は?」

「もしものときは名雪さんと斎藤さいとうさんに頑張ってもらうしかないですね。まさか、模擬戦での機体の破損がここまで激しいものになるとは思いませんでしたし」


 栞はキーボードを打つ手を止めることなく言った。

 ディスプレイにはWR本部を中心とした周辺地図が映し出されている。

 一方の香里は片手に報告書を持ち、それから視線を外さないまま言う。


「まぁ、帝国軍がここを見つけるとは思えないけど……。天野さん、帝国の動きはどうかしら」

「特に目立った動きはありません。いつもどおりですね」


 美汐は座っていた回転椅子を回して香里のほうを向いて言った。

 WR内では司令室副室長の地位にある美汐の主な任務は、基地防衛戦における戦闘指揮や出撃した戦闘部隊管制など、主に戦術に関する指揮官だ。

 また司令室に管轄下にある“情報室”という機関の室長という一面もある。

 この機関にはWRが仕入れる全ての情報がまず最初に集まる場所のため、結果的にWRに関することなら何でも知っているのが美汐というわけだ。

 ちなみにこの司令室で一番偉い地位にある栞の役割はこの司令室に流れ込んでくる情報の管理や、基地全体の機械などの管制、つまり基地内での実務を担当している。

 WR内でいえば香里に次ぐNo.2の地位にあり、実質的には美汐の指揮下にある情報室なども本来なら、室長である栞の指揮下にある事になる。

 形だけでなく、本来ならば栞の指揮下にある情報室の長としての職務や、戦術管制を実施的に美汐が取り仕切っている理由は簡単。

 これも栞が管轄するとあまりに栞の仕事が多くなり過ぎ、ハードになり過ぎるからだ。

 “司令室副長”なんて役職ができたのもぶっちゃけかなり最近のことだ。

 あまりの仕事量に栞が音を上げ、香里を拝み倒してこの役職を作り、そして司令室の中でも特に優秀な人材であった美汐に半強制的にこの役職があてがわれていたりするのは、祐一が入ってくる少し前の話だったりする。

 そんな理不尽にも“今は”嫌な顔(実際には副室長に着任してから1週間、栞は美汐の視線から発せられる負のオーラを感じ続けていたらしい)ひとつせず、職務をしっかりとこなしているあたりは美汐の優秀さを示している一面だろう、と香里は思った。

 とはいえ着任前も少なくはなく、むしろ十分に多いといえる彼女の仕事量が1.3倍にまで膨れ上がっていたのは事実だった。

 半分押し付ける形になった、この着任劇をさすがに不憫に思った香里が無理そうならやめても構わない、と美汐に問うた時、


『いいんですよ。本当は、私も栞さんのあまりの激務ぶりに少し心を痛めていたんです。確かに私も少し大変になりましたが、それで栞さんが少しでも楽になれたのなら、いいんです。私たちはチームなのですから』


と、彼女にしては珍しい(苦笑い気味では合ったが)笑顔を浮かべて答えてくれたのは、香里にはまだ記憶に新しい会話だ。

 じゃあ、何で1週間栞を睨み続けたの?と香里がもう一度問えば、今度は疲れたような表情になって、


『……あの激務をボランティア同然に引き受けたんです。多少のことは許されるでしょう』


と美汐が言ったのは、香里が持っていた彼女のイメージを少し変える出来事だった。

 その奥に見えたような気がした悪戯心に似た印象を彼女から感じたのは気のせいだろうか?


「そういえば、相沢君はどうかしら?」


 もしかしたら、あたしと天野さんは割りと似ているのかもしれない―――そんなことを感じつつ、ふと思い出したように香里は目を落としていた書類から顔を上げ、向かって正面右側に座って相変わらずノートパソコンのディスプレイに視線を落としたままキーボードを叩き続ける栞に訊いた。


「大丈夫です。医務室からの報告に頭を強く打った事による脳震盪だろうって。多分、最後の衝撃で頭を打ったんですよ」

「そう……。頭部の怪我って、傷が浅い割には出血が派手だから驚くのよね。安心したわ」


 現在、状況時間で言えば模擬戦が終わった数十分後である。

 この時間に香里がこんなことを訊いたのには、勿論それ相応の状況変化があったからだ。


機密大統領令シークレット・エクスキューティヴ・オーダー……」


 香里がつぶやいた単語、機密大統領命令。

 この言葉の意味を、ここにいる3人は深すぎるほどに、理解していた。

 香里は、再び持っていた書類に目を落とす。

 その書類の1枚目、そして一番上に書かれている世界で最も使われている西洋の言語で書かれている単語―――『Top Secret最高機密事項』。

 そして、束になっていた書類の一番最後の左下にぽつんと書かれた『G10』の英数字。

 香里は溜息を一つ。そして、スクリーンに映し出されているアジリア大陸を見据える。

 大陸の北半分、そこは赤く染まっていた。







 序曲は、始まる―――。


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